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JIN道的処置 ~心と心の化学変化を信じて~

自分が感じるありのままに、本当に人に伝えたいことや届けたいこと、新たな表現方法など、特に自分の内面を重視して綴ったブログ。そして、心を豊かにしてくれるような音楽や映画、本などもたくさん紹介します!

2019年上半期が早くも終了

2019年もアッと言う間に半年が過ぎ、折り返してしまった。

別に何かが好転したわけでも進展したわけでもない。

停滞か後退かもよくわからない。

それでも流されやすい日常の中で、少しでも抗おうと、ほんのちょっとずつでも前進しようと、なんとか試みてはいるが。

少なくとも、今の環境に甘んじてることがどんどん許せなくなってきているのは確かだ。

今の職場の在り方は酷くなりすぎてて人としてあまりにも目に余る。

外側も怪獣だらけやが、内側もなかなかの怪獣が君臨している。

だからこれまでやってこれた部分もあるんやろうけどね。

そろそろ本当にピリオドの打ち方を考えなければならないようだ。

仕事は綺麗ごとばかりでは通用しない事も多いけども、そこまで不誠実にならないといけないことなのか?と感じることが多くなってきた。

文句と愚痴と弱音と嫌味と性根の悪さにやられ続ける毎日。

長年働いてきてこの有様は実に情けない。

ただ、常に音楽があり、笑顔が重宝されるような職場っていうのは、それだけでもありがたい環境ではあるんやけどね。

ずっとクレームの荒らしに曝されたり、人の生死に関わるようなシリアスでリスキーな場所でもないし、時間が過ぎるのをただ待つだけという退屈さもない。

それだけに、何だかなあ?

ほんまの意味でもっとみんな感謝やありがたみや誇りが持てるような環境にできないものか?

澱みに澱みまくってるのはこれはもう上の人間性からきてるのは間違いないんやけど。

おそらくどこでも雇う側と雇われる側とでは大きな思惑のズレが生じるんやろうけどね。

だから世間でも今ブラックなニュースが次々と表に出てきてるのだろう。

うちも限りなくブラックに近いグレーみたいなもんやからなあ(笑)

とまあ、いろいろ思うところはあるものの、1日1日何があっても平常心を自分に言い聞かせつつここまでやってきた。

そして1日1日こちらも査定させてもらう。

続ける価値があるか否か?

いずれにせよ、次の人生のスタイルを模索しつつということになる。

遅かれ早かれ終わりはやってくるのだから。

それが静かに内部崩壊してる今の状況だと、いつ急激に終わりへ加速してもおかしくないし、突然終了する可能性だって十分ある。

幸いまだ需要はあるが、自分に問いたいのはどうゆう人達に向けてどうゆうことをしたいのかっていうのをもう一度ハッキリさせたいってことかな。

お金持ってるオッサンオバサン達よりも次世代を担う人達の方に興味があるのは事実やし、ゆくゆくは下の世代がどんなものを引き継いでいってくれるのかっていうことの方が自分の中では大事なことのように思ってる。

自分は結婚もしてないし、子供もいないし、このままだと自分の遺伝子を遺せない可能性が高いからそうゆうことを余計に考えるのかもしれないねえ。

と同時に、自分が孤独死まっしぐらなだけに、同じように多くの人達の死に様っていうのも気にはなっている。

終わりよければ全て良しという言葉は、果して人生においても通用するのか?

両親が健在のうちにこんなこと言うのも何やけど、自分の終活というのも頭に入れておかないと、極力迷惑をかけずに死んでいきたいとは常々思っている。

現政府の増税や年金問題の丸投げには憤りしか感じないが、これからますます自滅の道をたどるであろうこの日本に少しでも明るい要素を見つけるべく、生き抜いていきたい。

あいにくこんなクソな世の中なんてまだいつ死んでもええわとは思えない。

そんなクソな世の中で救いになってるのが、主に音楽や映画や本だったりするわけで。

残りの人生、できることなら日本の文化の深堀りと伝導に捧げたいもんやけどね。

最近なんだか御朱印に興味がわいてきたので、この際下半期はいろんな神社やお寺に1ヶ所1ヶ所ちゃんとしっかり参拝してみたいとワクワクしている。

今更ながらに御朱印デビューを飾ろうというのである。

実際、こうゆう場所を訪れると自分の心がリフレッシュされるのはよく感じるので、ならばこちらももっと深堀りしていこうやないかと。

京都出身ながら、まだまだ行ったことない場所も多いし、奈良方面にも全然行ってないし、これをきっかけに全国いろんな所へ旅もしたくなるやろうからね。

今年はLIVEや映画館に足を運ぶ回数が激減しているので、その分こうゆう方面で動いてみるのも良い機会なのかもしれない。

そうこうしてるうちに、迷走する自分の人生の何かヒントでも見つかればええんやけどね。

もし生活が激変するようなことでも起これば、いつまでこうゆうことができるかもわからないわけやから。

やりたいことは思い立った時に、好奇心の赴くままに、やれるだけやっておきたいものである。

人間いつ死ぬかなんてわからないんやから。

どんな災害に巻き込まれるやもわからないし、身体だってあちこちガタがきてるんやから。



上半期が終わったので、近々恒例の上半期に自分がよく聴いたアーティスト、アルバム、曲のTOP100の発表もせんといかんね。



♪xiangyu/『Go Mistake』
 
 

 


     xiangyu『Go Mistake』を聴きながら…。


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  1. 2019/07/09(火) 08:36:38|
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気が付けば浦島太郎

最近はもうどうしたらいいんだろうっていうぐらい無味乾燥な日々を送っている。

自ら楽しもうっていうパワーが落ち込んで来ている。

季節の変わり目で軽めながらも気管支喘息が長引いているというのもあるだろう。

体力が奪われると気力も奪われ、あらゆる意欲も低下する。

食欲はあるが、元々グルメ志向ではないし、美味しいものを食べることでストレス発散をする性分でもない。

ただ、節約生活を強化するにあたり、美味しい思いをする機会を減らしてるのも確かで、特に大好きなスイーツをガマンするようになったのも大きいだろう。

以前なら、消費することが世の中の経済循環を良くすることになるのだからと、そこまで出し惜しみをすることもなかったのだが、今の自分の生活とこの先の日本の有り様を考えた場合、そんなことも言っていられない。

バカ政府が今頃になって年金問題について無責任なことを言っているけども、逃げ切れない世代の先頭としてはこの問題山積み弱体日本をどう生き抜いていくかを問われる。

次世代への見せしめともなる実験台だ。

この国を詐欺政府が牛耳ってるし、日本のこの先を見ても、自分の未来を見ても、何ら明るい材料が見えないので、そりゃ無味乾燥にもなるわな。

これで来月の参院選で自民党が議席を減らす事態に陥らないとすれば、もうこの国も本格的に終わるだろう。

まあこの長期デフレで消費税増税しようなんていう愚策を行うようならば、どの政党でもアウトだが。

ただ社会の暗さに自分まで便乗して暗くなる必要は全くないわけで(笑)

自分の人生の不出来に関しては今流行りの「自己責任」でもあるので、何かのせいにしてる場合ではない。

勿論、自分自身ではどうにもならんシステム上のことに関しては別やけども。

気が付けば、自分が浦島太郎にでもなったような気分になることが増えた。

周囲の変化に比べて自分はどうなんだろう?

どこかで時が止まったまま生きてるかのような、何だか置き去りにされてしまったような、そんな錯覚に陥ってしまうのだ。

そうすると、余計に玉手箱は開けられない。

ある意味年齢を自覚しないで生きて来たからポジティヴになれていた部分がある。

しかし、社会はそれを許してはくれない。

そして、いつの間にかいろんな可能性から締め出されていることになる。

それだけではない。

自分の周囲の人達も確実に歳を重ねているわけで、当然環境の変化が起こる。

逝く人も増えてきた。

仕事を失う人もいたり。

結婚するという想像ができなかった人達も結婚したり。

自分はどうだろう?

浮上も転落もしていない常に低空飛行。

何か変わっただろうか?

今更変われるだろうか?

自分は成長できてるのだろうか?

自分は納得して死ねるだろうか?

ここで、また最初の無味乾燥に戻るわけだが、自分の中で本当の歓びというものがわからなくなってるような気がする。

ささやかな幸せを感じにくくなっている。

心から笑えることがなくなってきたとも思う。

ここんところ、映画やLIVEに足を運ぶ回数も激減している。

そのかわり本を読む時間は増やしているけども、そこまで心の豊かさに繋がってるとも思えない。

心の武装に使おうとしてるのかなあ?

いずれにせよ、よろしくない兆候にあるのは間違いないだろう。

この自分を支配しようとしている虚無感をなんとかしないとそのうち病んでしまうのではないだろうか?

どうせ孤独死まっしぐらなら、もっと開き直って今をせいぜい楽しんでおかないと勿体ない。

こうゆうのも全ては思い込み。

変わろうと思うなら、新たに今まで出逢ってこなかった人達に逢う環境を作る必要があるのかもしれない。

また、自分がどうゆう人達に逢いたくて、そのために自分がどうなっておくべきかということはちゃんと考えておくべきだろう。



♪‪FENCE OF DEFENSE feat Daisuke Asakura/『TOKINOKAWA -2014‬』
 
 

 


     ‪FENCE OF DEFENSE feat Daisuke Asakura『TOKINOKAWA -2014‬』を聴きながら…。



  1. 2019/06/17(月) 05:16:37|
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令和になり1ヵ月

例年通りなら今頃はサカスプで名古屋遠征に行ってクッタクタになって帰ってきてバタンキューってなハズなんやけど、今年はスルー。

初日のメンツとタイテなら間違いなく行ってたやろうけど、今日のは出演者と箱とタイテの組み合わせと、自分の体力労力経済的余裕を天秤にかけた場合、そこまでそそられることがなかった。

自分の中でももう毎年の恒例行事になってたから、寂しい気分にはなったけどね。

まあ、いずれにせよ、今は気管支喘息が出てしまって、咳でめちゃめちゃ体力も消耗してしまってるし、ここ一週間の仕事もハードやったんで疲労の蓄積もハンパなかったから、結果的には良い判断だったと思う。

そもそもG.W.の連休が長かったから今月は経済的にもヤバいしね。

今年はサカスプだけでなく、ネコフェスとRUSH BALLのスルーも決定。

令和初のLIVEはSuchmosの神戸ワールド記念ホール公演やったわけやが、以後のLIVE予定は未定。

B'zもミスチルもチケットは取れなかったし、サマソニ大阪三日目だけかな、今のところ取る予定なのは。

それにしても、例年に比べるとめっちゃ楽しみなメンツというわけでもないし…。

もしかしたら、こうやって徐々にフェスへの参加も減っていくのかもしれない。

映画館へ足を運ぶ回数も激減している。

肉体的精神的経済的余裕がないと足を運ぶ気力もわいてこなくなる。

今のように喘息が出てしまってるともうほんまに生きるパフォーマンスが落ちる。

それでもまだ重度ではないだけマシ。

歌えなくなる程ではないから。

それと今は耳鳴りがかなり酷い。

特に左耳が。

これって将来の認知症にも繋がってきそうやからコワい。

小室哲哉も片耳が難聴でほとんど聞こえなくなってるって話やけど、音楽に関わってる人達はある意味職業病にもなりかねないことか、と。

令和になっても相変わらず毎日なんだかなあ?なことばかりなのは何ら変わりはない。

1ヵ月経っても、別に令和感みたいなものは特にない。

ただ、なんとなくあの長い連休が境目になってたなあってぐらいなもんで。

ニュースを見てもこの国の明るい未来など全く見えてこないし、日本人が全体的にほんまに阿呆になってしまったんやなあと却って絶望するだけである。

とまあ、陰鬱なことばっかり言っててもしゃーないので、結局人生なんてのは自分がどう考え感じるか次第なのだから、せいぜい自分なりの楽しみ方を見出していくしかない。

それにしてももう残り1ヵ月で2019年も折り返しっていう時の流れの早さの恐ろしさよ。

まだまだ日常に抗えてないよなあ。

それでも新しく本棚とBlu-ray用の棚を買って、VHSのデータ変換作業もまた復活させて、ちょこちょことスッキリさせてきてはいる。

いつ死ぬかわからないと思ったら、美味しいものを後にとっておいてもしゃーないよなあ。

観たいものも早くチェックするに限る。

なんせいろいろ後回しにしてきたことが、人生最大の失敗なのだから。

そのフットワークを軽くするためには、いかに日頃から健康であることが大事なのかを痛感する。

年をとるごとに頭も身体もこんなにもポンコツになっていくとは、なってみないとわからない。

若いというだけで、どれだけアドバンテージがあるのかを今頃になって思い知っても後の祭りだ。

それでも少しずつでも良い方向に変えていかねば。

とりあえず今は喘息を治さないと、薬で眠いし、でも寝てても気管がイガイガして苦しいわで、どうにもこうにもたまらん。

こんなもん、もっと老いてしまったら肺炎とかで死んでまうのもわかる気がするわ。


♪内田珠鈴/『nude』
 
 

 



     内田珠鈴『nude』を聴きながら…。



  1. 2019/06/03(月) 01:13:07|
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超連休の終わり

平成から令和へと跨がった長期連休が終わった。

世間的には10連休、個人的には9連休。

これから夜には仕事があるわけやが、多くの人がそんな気分であったであろうに憂鬱ではある(笑)

逆に仕事上長期連休が過ぎ去ってホッとした人達も多いのかもしれないね。

自分はオフでは誰かと会話する機会が極端に減るので、仕事でもない限り声周りの筋肉も衰えていきそうやからね。

老け込んでもいかんので、そろそろ社会復帰を果たさねばならない。

いつぞやのおよそ1ヵ月もプー状態に陥った時のことを思い出したわ。

あの路頭に迷う寸前の恐怖というのを今味わうと病んでまいそうやからな。

もっとも今の御時世の方がいつそうなってしまうかわからない状態でもあり、世間的にも最も目の前がデンジャラスゾーンになってる世代やからなあ。

いつ社会の網の目からこぼれ落ちてしまうやもわからない。

そんなこんなでこれからまた毎日葛藤が続いていくんだろう。

戦闘態勢に入らねば。

しかし、平常心を忘れずに。

そして楽しむことと成長することを念頭において。

どれだけ休みがあってもアッと言う間に過ぎていってしまうもの。

どこまでリフレッシュできたかはわからないけど、原点回帰を意識して有意義な時間を見出せたとも思う。

休んでる間は当然その分収入はないし、何かをやろうと思えばすぐにお金が要るからそうそうハメをはずしてばかりもいられないので、バランスのとり方としてもこんなもんやったかな、と。

ただ反省したのは、もっとず〜っと前から、この自分の部屋と向き合って断捨離作業を徹底的にしてこなかったのか、と。

もっと快適過ごせる空間が作れていたハズで、もっとお金も時間も無駄になる要素を少なくできたハズなのに、と。

この部屋に引っ越してきてから一体もう何年経つんだ?

そう考えた時に恐ろしくなってしまった(笑)

何も手をつけないと何も変わらないし、死ぬまで変わらない。

このまま死んでしまったらシャレにならない。

連休中に昔の故郷に足を運んでみてこのままいくと一生思い出さなかったであろう人達のことがいっぱい頭に過ったんやけど、これはあらゆる物にたいしても同じで、結局過去なんていうものは思い出すきっかけが無ければもう用済みなのかもしれない。

そのきっかけを失うのがどこかで怖いのかもしれない。

それと必要以上に勿体ないお化けの感覚を身につけて育ってしまったのも問題なんやろうね。

結局のところ、本当に大事なもの、必要なものというのがちゃんと見出せていなくて、執着ばかりしてるという。

後、致命的なのは「面倒くさい」を習慣にしてしまったこと。

これが我が人生において諸悪の根源である。

大人とは、いかにこの「面倒くさい」を一つ一つ踏みつぶして先に進んで行くかが大事っていうのを今更ながらに痛感する。

この辺は考え過ぎに由来する。

考える前に動けというのは正しい。

本当にやりたいこと、好きなことっていうのはもう無性に衝動が先に立ってやってしまうものだ。

子供の時の自分を思い出せばそうだった。

好奇心でまっしぐらだ。

それがだんだん他人と関わっていく中でそうゆう気持ちを萎えさせられる目に遭っていく。

そんなことを屁とも思わずに真っ直ぐ己の道を進んだ人間だけが高みに到達できるのだろう。

自分は中途半端な人間だった。

ただそれだけだ。

だからこのままでは死ねないのだ。

とにかくいつ死んでも大丈夫なように恥ずかしくない部屋にしておかなくてはいけない(笑)

というわけで、連休が終わってもまだまだ部屋のダイエット作業と原点回帰作業は続くのである。



♪より子/『それでいいのですか?』
 
 

 

     より子『それでいいのですか?』を聴きながら…。



  1. 2019/05/07(火) 17:29:13|
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令和での初京都

平成から令和になったことにすっかり気をとられている間にしれ〜っと2019年の3分の1が早くも通り過ぎてしまっていたことに焦る。

G.W.中に京都をいろいろ巡りたいとは前々から考えていたのだが。

9連休だからといって、あっちやこっちや行ってたらお金もかかるし、わざわざ人が多い場所に行くのも疲れるしってことで、ちょっといいこと思いついたのが、我が故郷の地を見に行ってみようと。

ずっと前から気になってたのだ。

高速道路のせいで立ち退きになってしまった故郷の家があった場所は今どうなっているのか?

憲法記念日、天気もめちゃくちゃ良くて、遠足日和だった。

大学時代前半にはよく利用してたあの駅で降り、小学生ぶりではないかというぐらいのあのバスに乗った。

人は少なかった。

その時感じたのは、これからの高齢化社会では、足の悪い老人が増えてバスの乗り降りにかかる時間も一苦労やな、と。

まあ、その分昔のように現金払いではなく、ICカードチャージを運用してるからスムーズではあるけども。

このバスもいずれ人口減少で経営難に陥り、撤廃されるんじゃないかという心配が頭を過った。

1時間に2本やったもんなあ。

そして、ゆらゆら揺られながら自分がかつて通っていた小学校の前で降りた。

なんせ自分が通ってた当時でも100年以上の伝統ある小学校で、自分の学年は当時4クラスやったっけな?

少子化の現在では一体どうなってるんだろう?

勿論校内に入ることもできないので、周りをぶらっと歩いてみて懐かしさに浸ってみた。

そこからは、自分がよく下校時に通ってた道を歩いてたんやけど、いやはやこんなことでもしない限り思い出さなかった当時の同級生やらのことをいろいろ思い出してもうたよ。

ここのあいつの家はまだそうなんかな?とか。

また登下校中のエピソードなんかも思い出したりして。

しかしながらこんなに静かでのどかな土地で生活をしとったんやな、と大阪のガチャガチャした生活にすっかり慣れてもうてたもんやから、妙に感動してしまった。

が、唯一変わっていたのが遠くに見えた高速道路。

あれか、と。

親戚のお墓のあるお寺に寄り、地元の近所の神社に参ってから懐かしい道を歩き、自分が育った家の方に向かって歩いていった。

山の上の方に近づくにつれ、高速道路が目の前に迫ってきた。

山をブチ抜いてトンネルが作られていた。

こうやって人間は自然環境の保護よりも交通の利便性を優先させたわけやね。

京都は盆地やから、山に登れば市内を広く見渡せる。

京都タワーは目印だ。

子供の頃は自分の家の二段ベッドの上からでも窓の外を眺めれば見えていた。

前の竹が伸びるまでは(笑)

こうやって散歩しながら、小さい頃はあたりまえのように見かけていた草花や生き物に癒された。

ああ、この空気、この自然の音、この豊富な緑に青い空、垣間見える花の色、そしてゆったりと流れる地球のテンポ。

歩いてると全然知らない人からも挨拶されたり、なんなんだこの余裕。

ガチャガチャ、ゴチャゴチャ、せかせか、ギスギスした大阪とは全然違うではないか。

変わった所と変わっていない所。

変わったその一番の象徴が高速道路だったわけやけども、自分の実家があった場所に来てみると、見事にその一帯だけ引っかかっており、整備された川が通っていた。

かつてはこの川も蛍が飛んでたぐらい綺麗な自然の川やったのに。

川の中を上流に向かって歩いてたら、どこかのオバチャンが洗濯してて注意されたこともあった(笑)

そんな美しい川の姿はもうまるで無かった。

この高速道路のせいで、立ち退きの憂き目にあった人達とそうでない人達がいて、近所の人でもまだこの辺りに住んでる人もけっこういるようだった。

もっとも誰とも知人に会うことはなかったが。

自分のこのバカデカい声量もこの自然環境があったこそ育まれたものだと確信している。

あれだけ近所のことも考えずによくまあ自由に大声で歌ってたもんやなと、周りの大人も寛容やったんやなと(笑)

田んぼの中を走り回ったり、いろんな場所に探検に出かけたり、子供の頃の好奇心って今の自分にもまだ残ってるんよなあ。

なんだか感傷的になりながら、今度は自分が通っていた、高校、中学の方へと歩いていった。

まあ外観は当時とさほど変わってはいないようだったが、生徒の質だったり中身はいろいろと変わってもうてるんやろうなあ。

教育そのものもいろいろ変わってきてるんやろうからねえ。

中学の時は9クラス、高校のときは11クラスあったが、今の学校はどうなってるんだろうか?

学校周辺を歩いてると、当時学生だった自分はどうゆう奴で、また将来をどう考えてたんだっけな?なんてことをあれこれ考えてしまった。

実に原点回帰するのには良い機会になったし、当たりやったね。

当時の友達が今どうしてるのかなあ?なんてことも頭に浮かんできたが、別に同窓会に行きたいとも思わないし、特別また会いたいという気持ちは起こらなかった。

それは自分が自分自身をいまだに認めていないからということもあるだろう。

もしかしたら惨めな気分になるのが嫌だからなのかもしれない。

う〜んと昔に同窓会や結婚式に参加した時のこちらの感情を逆撫でするような、あの勝手にマウンティングされる何か悔しい感覚が面倒くさいからやろうな。

自分がどうあれ世間はそう見るのかっていう。

こうやってどんどん社会から切り離されていって、独りでポツンと死んでいくのかもしれない。

まあ、そうならんようにということで、原点回帰しながら今模索しとるわけやけども(笑)

誰かのためにといったあれだけの信念は一体どこへ行ってしまったのか?

思い出の地を巡ることは過去の自分との対話でもあった。

あまりにも歩きすぎて、最後の方は片足を引きずりながら歩いてた。

そうやって、立ち退いた先の実家にいつもとは違うルートで帰ったわけやが、幸いまだ両親が元気でいてくれていることに感謝である。

身体のあっちやこっちや帰る度に悪くなってる話を聞かされるし、親戚の誰々もどうなっただとか、誰々が亡くなっただとか、そんな話ばかりだ。

ここに介護の問題が入って来ると、少なくとも今の生活は維持出来なくなる。

原点回帰と共に、そういったことも見据えて京都に拠点を移すことを視野に入れてるわけだが。

なんせ自分らの世代は明るい要素がなかなか見当たらない。

この散歩をしてる時に一番感じたことが、高齢者ばっかりやなあっていうことだった。

見かける人達が圧倒的に高齢者。

大丈夫か?日本。

昨日、みどりの日はまだ行ったことのなかった上賀茂神社に行く予定を立てていた。

その前に久々に京都府立植物園に寄ったんやけど、ボケーッと散歩するのには最高やったな。

静かやし、緑があまりにも気持ちよくてついつい長居してしまった。

みどりの日にちょうど良い体験だった。

そこから歩いて大田神社に寄ってから上賀茂神社を参拝。

更にそこから鴨川沿いに下がって下鴨神社も参拝。

神社の空気ってなんとも心をスーッと浄化してくれる気がする。

自分が賽銭を入れて祈ることはいつも決まっている。

世界が平和でありますように。

そして自分がみんなの力になれる力をください、と。

まだこう思えてるってことは、自分の中にまだ希望の光は消えていないという証しだ。

下鴨神社の後は、その近くにある出町座というミニシアターで映画を観てから帰った。

映画館のような娯楽施設もこれからはどんどん淘汰されていって、本当に必要とされるものだけが残っていく世の中になっていくんやろうなあ。

自分は旅先でよくミニシアターで映画を観る。

ミニシアターならではの独特の雰囲気が好きだからだ。

でもミニシアターの経営は苦難の道だろうというのは想像に難くない。

映画文化が長く続いてほしいと切に願うし、映画のことはこれからもどんどん語っていきたいと思う。

そうゆうカルチャー面というのも自分とは決して切り離せないことだ。

そして、この二日間で緑に囲まれてることがこんなにもリフレッシュできることなんやなと再確認できた。

今年はまだまだ京都のいろんな場所に足を運ぶ予定だ。

また京都ではないけども、前々から行かねばと思ってた比叡山と高野山も年内のうちに行っておきたい。

わずかに残された休みはまた掃除と断捨離の続き。

そして、消化しておくべき映画を観に行くことと、後はフェルメール展ぐらいか。

ほんまは歌のチェックの続きも出来ればいいんやけど。

なんとかちょっとでも気持ちよくG.W.後も過ごせるようにメンタルと肉体と環境を整えたい。


♪TM NETWORK/『Green days 2013』
 
 

 


     TM NETWORK『Green days 2013』を聴きながら…。


  1. 2019/05/05(日) 13:18:13|
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令和元年初日

世間の空気としては若干年越しを彷彿させる「時代越し」だった(笑)

今日は映画の日なので映画を観に行く計画を立てていたんやけど、案の定ババ混みやったから行くのを止めた。

あいにく天気も悪かったしね。

そして昨日の大掃除と断捨離の続きを決行。

何をどう整理するか?

何を動かしてどう収納すれば良いか考えたり、いろんな有効な処分先をネットで調べたりして没頭してたらアッと言う間に夜になってしまった。

また早よこの日記を書いてしまわないと令和初日の日記が書き残せないではないかと焦った次第。

なかなかこんまりさんのようにはいかないが、根気よく断捨離作業をコツコツ続けていきたいと思う。

それぐらい物が多いってことなんやけどね。

今までちゃんとした大きい本棚を買わなかったのが一番の失敗だった。

本を段ボール箱に入れてしまったら、それはもう積ん読本にさえならない。

単なる置かれた箱だ。

本はいつでも目に止まってすぐ手に取れるようにしておかないと全く意味がない。

そんなこんなで、いつ引っ越すかもわからんしと、買わないでいた本棚を買うことにした。

以前からニトリやら何やらでいろいろチェックはしてたからねえ。

それに収まらない本は処分の方向で。

売る時はなるべく一度にがっつりと売りたい。

逆に何千枚もあるCDは売らないことを決意。

全てラックに収めようと前からMedia Passを買って頑張って詰め込んでたけど、いくらやってもキリがなく、さすがに全部は収まりそうにない。

プラケースは軒並み捨ててもうたから、今更売ろうにもなあっていう状況。

本にしても音楽にしても、今やネットでデータとして手に入る時代やから、こんなに持っててどないすんねん?って思う部分もあるけど、そんな時代やからこそ物のありがたみがわかるっていうのもあるねんなあ。

まあ、引っ越すことにでもなれば、その時また考えるとしよう。


明日でGWも半ばやけど、掃除ばっかりしてたら何かすっげえ勿体ない気になってしまった(笑)

それでもお金はかからないし、いずれやらなければならなかったことをやってしまうのには良い機会。

9連休あってもその分収入は減るわけやから、やたらめったら動くわけにもいかないのだ。

掃除も断捨離もまだまだ続くけど、令和を始めるにあたり、大事なことやね。



♪GLAY/『元号』
 
 

 


     GLAY『元号』を聴きながら…。


  1. 2019/05/01(水) 23:36:56|
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平成最後の日

今日は平成にいろいろ置いていくつもりでずっと部屋の掃除と断捨離。

同時に平成によく聴いた音楽を振り返っていて、部屋の三方に音源を配置し、どこに行ってもいずれかの音楽が耳に入ってくるという軽く仮想フェス状態なのが楽しい(笑)

主に平成初期から中期に聴いてた洋楽アーティスト中心に。

なんだか懐かしくなった。

ずっと聴き続けてるアーティストもいれば、いつの間にか聴かなくなってしまったアーティストもいるしね。

本人が活動してなかったら尚更。

そんなこんなで掃除と断捨離はやってもやってもキリがないんやけど、まだやりたいと思いつつ一旦手を止め、飯を食った。

平成最後の晩餐はカレーライス。

家では全く酒を飲まないけど、今日は後ほど昨日買ってきたスミノフグレープでも飲みながら平成から令和へと時代を跨ごうと思う。

自分の部屋の中を見渡してみても、まだいろんなものへの執着が断ち切れてないよなあって思うし、自分がまだこれからどう生きていきたいのか明確じゃないんやなあっていうのを思い知らされた気がした。

掃除も自分との対話やね。

まあ令和早々での宿題になってしまったなあ。

とりあえず、さっさとこの日記をアップしてしまわないと、後残り30分程で改元してしまうわ。

それでは、令和でまた逢おう。



♪TONEAYU/『平成最後の骨抜き』
 
 

 

     TONEAYU『平成最後の骨抜き』を聴きながら…。

  1. 2019/04/30(火) 23:26:22|
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平成と令和をどう跨いでいこうか?

平成も残すところ後2日。

今日は大阪城ホールで『REQUESTAGE 2019』があるので、事前に十分休んでおかないとヤバいのだが、朝方3時間程寝ただけで後は眠れなくなってしまった。

決して眠くないわけではなく、眠たい感じはするのに眠れないっていう。

睡眠障害ですな。

まさか遠足の前の日に興奮して眠れなくなった小学生と同じ状態ってことではあるまい(笑)

このように毎日毎日夢を見ては目を覚まし、また夢を見ては目を覚ましと、断続的に目が覚めるのが常である。

これも夜の仕事を選択した結果の、昼夜逆転生活の代償か。

まあこの調子じゃ長生きはできないだろう。

もっとも今の自分の人生を考えれば、独り身で長生きしたところでどうかとは思うが。

年々ポンコツになってきてるとはいえ、幸い大方においては健康だ。

「身体が資本」っていううちの家訓みたいなもののおかげかもしれない(笑)

令和になるとますます少子高齢化社会の国難で何かと虐げられることになるだろうが、要は歳をとってもずっと働け、死ぬまで働けっていう時代である。

逃げ切れない世代はもうどうしようもない。

元々自分はそのつもりでいたからこんな調子で仕事をしてるっていうのもあるし、守るものが無い分、そこまで深刻にならずにすんでいるのだろう。

それだけに、身体や心を壊して動けなくなってしまったら終わりだ。

それだけは避けねばならない。

そのための健康管理も年々シビアになっていく。

この仕事をしてる限り睡眠面はパーフェクトにはできないが、食事に関しては極力気を遣うようになった。

そのかわり以前よりも金銭面では大変なことになってしまっているけども(笑)

それもあって節約生活は音楽や映画といった娯楽面にも響いてきてる。

できるだけ興味がわいたものには実際に足を運ぶという姿勢でいたけども、今はやや絞るのを強めに設定するようになった。

本や物を買うのにも一歩踏み止まる習慣がついた。

これがいいのかどうかはまだわからないが、お金を貯めようと思えばこれぐらいしないと無理なので。

消費も世の為だとかもはや言ってられない。

いよいよ消費税増税ってことになると、財布の紐はもっときつく縛ることになるだろう。

ここんところいつもこんな話ばかり語ってる気がする。

こんな話をするつもりではなかったのだ(笑)

明日は平成、明後日は令和。

この二日間をどう過ごすのか?

明日は自分の平成を振り返りたい。

特に自分が平成でどんな音楽と出会ってきたのか、振り返りながら部屋の掃除でもして過ごしたい。

また、平成になって一番大きく変わったのがインターネットの出現だ。

これによって今まで出会えるはずも無かったような人達と様々な出逢いをもたらしてくれた。

自分がどんな人達と出逢ってきたのかちょっと振り返ってみたい気もするし、自分がどんなことを書いてきたのか、過去の自分と再会してみたい気もする。

それはちょっと大仕事なので、令和に入ってからちょこちょこ振り返ってみるのも良いかもしれない。

そこに今後のヒントが見つかるやもしれない。

なんせ今年は自分の中を掘ってみることも一つのテーマなのだから。

明後日、令和に入ったらとりあえず映画かな。

1日やし、映画の日やし(笑)

ああ、こうやって音楽と映画に救われてるわけやなあ。

そんな感じで、独りでひっそりと時代を跨いでいこうかと思う。

それでは、今日は平成最後のLIVEを楽しんでくるか。

途中で自分の電池が切れなかったらいいけど(笑)



♪ASIAN KUNG-FU GENERATION/『君という花』
 
 

 


     ASIAN KUNG-FU GENERATION『君という花』を聴きながら…。



  1. 2019/04/29(月) 13:07:32|
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平成最後の仕事を終えて

平成最後の仕事を終え、今日から9連休。

「平成最後の〜」を使うとイラッとする人達も多いようやけど、自分は積極的に使って、後々平成の終わりら辺で自分が何をしていたのか?衰えた記憶力の手助けにしたい(笑)

職場がゆるやかに静かに内部崩壊を起こしてる今、とりあえずよくぞ平成が終わるまで乗り切ったよなあという思いもある。

それは上が元気でいてくれたからこそでもあるんやけどね。

その上にいい加減ついていけなくなった下がもうせいぜい年内しかもちそうにないので、そうなると令和に入っても長くはもちそうにない気がするが。

そういったことも含め、自分はこのG.W.をあれこれ自分を見つめ直すのに使おうと思っている。

やりたいことはいっぱいあるから、9連休なんてアッと言う間だというのはわかっている。

時間とお金を無駄にはできないので、大雑把ではあるが9日間何をするかという計画は立てた。

平成も残すところ3日間。

平成のうちにやっておきたかったことは、今となってはもう全て令和に持ち越されることになった。

なんせ、4月がもう毎週バタバタで物凄い勢いで過ぎ去った1ヵ月やったからなあ。

特にサカナクションの広島公演で遠征して、LIVEは勿論最高に良かったけど、広島平和記念公園や宮島に行ったことは刺激でもあり、癒しでもあり、イイ感じでリフレッシュできた。

そして翌週はTMNのfinal live LAST GROOVEでおよそ5時間半の映画上映。

当時実際に東京ドームまで観に行った大感動の記憶がよみがえる。

興奮冷めやらぬ中、次の日はKraftwerkのLIVEをフェスティバルホールという極上の音響空間で堪能。

ドイツのテクノポップのおじいちゃん達のクールでシブいカッコ良さにしびれた。

明日は平成最後のLIVEとなる毎年G.W.恒例大阪城ホールでの『REQUESTAGE 2019』で締めくくる。

平成後半はほんまに音楽と映画によって救われた日々だった。

前の彼女と別れてからは人付き合いそのものがすっかり疎遠になってしまった。

恋愛を疎んじてしまうとこうも気持ちがノッてこないものなのかというのを思い知った。

令和でせめて何かポジティヴな要素を見出せればよいが。

いろんな気持ちをシェアできる人を見つけられたら何か変わるかもね。

と言うより、今の自分が変わらないとこうゆう人も見つからない気はするかな。

変わりたいという意欲が起こせるうちに変わらねば。

気力体力財力記憶力が衰えると何もやる気がなくなるやもしれん。

本格的に鬱にでもなって動けなくなったら終わりだ。

G.W.の間に少しでも令和の日々を気持ちよく過ごせるような環境を考え出したいと思ってる。

引き続き掃除断捨離。

映画、音楽、本、アートに触れ、書き綴ることを忘れない。

そして原点である京都を巡る。

どこまでやれるかはわからんけども、時間と己の気力体力と相談の上、それぞれ積極的に楽しんでみよう。



♪TMN/『SELF CONTROL (TMN final live LAST GROOVE)』
 
 

 


     TMN『SELF CONTROL (TMN final live LAST GROOVE)』を聴きながら…。




  1. 2019/04/28(日) 10:09:29|
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新元号発表から一週間

新元号発表の瞬間は京都の実家にいたので、その様子をTVで親と一緒に観ていた。

「令和」

そうか。

とりあえず「安」が入ってなくて良かった(笑)

正直全く予想していなかった語感。

響きの印象としては「冷」と同じなので、明るい感じはしてこない。

滑舌が悪いと言いにくいだろう。

自分は昭和から平成になった節目を知ってる世代。

毎日ニュースで天皇の容体悪化からの崩御。

あらゆるイベントが自粛ムードとなり、世間全体が暗い空気に包まれていた。

言ってみれば東日本大震災時の自粛ムードと似たような空気があの時にもあったわけだ。

それを考えれば今回の新元号発表は実に浮かれたムード。

新しい時代を迎えることに暗く迎えるよりかは前向きになれそうな空気は良かったのかもしれない。

もっとも、現実としてはこの先の日本の未来に夢や希望なんて微塵もないが。

そもそも元号を使用すること云々という話題もあるけど、個人的には時代をふりかえって頭で整理する時に便利かなぐらいの気持ちはあるので、特に反対はしない。

昔は天皇制に対して果てしなく懐疑的だったもんやけど、今では文化として日本にとって有益な存在であるならばということで寛容ではある。

それはもう皇室がどのような活動をしているのか、その行動と言動によるところの説得力次第。

勿論、時代と共に常に議論されるべき余地はあるのだろうけども。

少なくともアベ政権に都合良く扱われるような存在であってはならない。

次の元号が「令和」と発表されてから一週間、あの時瞬間的には盛り上がったものの、特にそのことで話題が引っ張られるようなこともなく、情報化社会よろしく次々とネタが更新されていく毎日の一事に過ぎなかった。

これも時代なんだろう。

まあ、まだ平成から令和になるまで3週間ある。

TVでは平成の総決算に忙しい。

おそらく、平成から令和になる瞬間にもう一盛り上がりお祭り騒ぎがありそうな気はするが。

G.W.の最中にみなさんどのような反応をするんやろうねえ?

スマホ片手にSNSに投稿するのかな?

自分もその瞬間何をしているのやら?

その時まで、平成のうちに一体何ができるだろうと考えたところで今更たいしたことはもうできそうにないなとほぼ諦めかけている。

今月の休みは既に毎週LIVE三昧なので、なおのこと他に何もできそうにない。

せいぜいこの流されそうな日々に抗ってみるぐらいやね。

そうやなあ、しいて言えば、元号が変わる前に誰かとエッチしたかったかなあ(笑)


最近、有名人の訃報が多い。

平成を越えられなかった人達なんだとしみじみ思ってしまう。

今日はヒトリエのヴォーカルのwowakaの突然の訃報に驚かされてしまった。

ヒトリエはそれなりに聴いてたし、フェスでも何度か観てたので、まさか31歳で急性心不全で死亡なんてことを耳にしてもメンバーも周囲の人達もファンも突然すぎて呆然としてしまうだけだろう。

31歳ということは平成元年生まれか。

早すぎるやろ…。

昭和生まれの大往生とは全然違うわけやから。

ましてや太陽と虎の松原裕さんのような前もってある程度覚悟の余地があったパターンじゃなくて、青天の霹靂、突然すぎる。


♪ヒトリエ/『アンチテーゼ・ジャンクガール』
 
 

 

ヒトリエの曲でおそらく一番たくさん聴いてたのがこの曲。

バンドはどうなってしまうんやろうなあ?

フジファブリックみたいなケースもあるけども。

合掌…。



     ヒトリエ『アンチテーゼ・ジャンクガール』を聴きながら…。


  1. 2019/04/08(月) 16:47:44|
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