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JIN道的処置 ~心と心の化学変化を信じて~

自分が感じるありのままに、本当に人に伝えたいことや届けたいこと、新たな表現方法など、特に自分の内面を重視して綴ったブログ。そして、心を豊かにしてくれるような音楽や映画、本などもたくさん紹介します!

不穏の中の平穏

不穏の中の平穏。

あるいは平穏の中の不穏でもある。

盆休み明けから一波乱あって、今はある意味危機的状況にあるとも言える。

いよいよこの仕事も確実に最終章に突入したというわけだ。

しかもいつ打ち切りという結末になるやもわからない。

ここ1ヵ月ほど様子見が続いており、同時にさほどややこしい目に遭う事もなくなっている。

これは嵐の前の静けさということになるのか?

そんな状況にあっても意外と平静なのは、これまでに幾度かのどん底をしのいできたからなのかもしれない。

ただ、長年危惧していたのは、あの御大が今までにしでかした所業を考えると、普通にイイ感じで身を引くことはできないのではないか?ということだった。

罰の一つや二つ当たらない方がおかしい(笑)

そのとばっちりに巻き込まれたりするのはまっぴら御免というのがずっとある。

とはいえ、仕事というのはある意味運命共同体。

誰かが何かをやらかした日にゃあ、何かしら自分にも影響を及ぼされることになる。

油断大敵だ。

大変雲行きが怪しくなってきた以上、当然次の一手も考えておかなくてはならないが、もうこの年まできてしまったら、いろいろキツいことも多い。

老化って身体だけじゃなくて、頭の方にも来るからねえ。

今じゃこの腐敗して行く日本で長生きしてもしゃーない気もしてるけど、やっぱり何かしら繋げていくことをやってから死にたいとは思う。

とりあえず、当面はまだ一日一日目の前のことをやれるだけやるしかない。

需要があるうちはね。



♪ニガミ17才/『ただし、BGM』
 
 

 

     ニガミ17才『ただし、BGM』を聴きながら…。


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  1. 2019/09/24(火) 07:37:53|
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2019参院選が終わってあれこれ

毎日どんよりとした天気が続き、7月も下旬だというのにまだ梅雨が明けていない。

おかげでなんだかまだ6月ぐらいの気分だ。

今のところ湿度は高いものの気温がそんなに高くないので、過ごしやすさという点では例年よりかなり助かっている。

農家は冷夏で大変やろうけどね。

参院選が終わったが、想定外の結果は特になく、改めて日本終わっとんなと思ったけど、それでも全国的に見ればまだ自滅への道をギリギリ踏ん張ってる結果もちらちら。

大阪、京都、兵庫は毎度のことながらほんまにヒドいけどね。

しかもこの前後で社会を大きく曇らせてる事件が関西で。

一つは京アニ放火殺人事件で34人もの人達が亡くなってしまったこと。

人生を踏み外し、失う物が何もないといういわゆる「無敵の人」が自暴自棄になってテロ同然のめちゃくちゃな犯罪を起こす可能性は、この先明るい未来の見えない超格差社会まっしぐらの日本においてどんどん増えていくように思う。

もう一つは、吉本興業の一連の騒動だ。

芸人、そして社長と、何一つ笑うことのできない悪夢でしかない記者会見が続いている。

この問題はおそらく根深いし、詰められると表立って言えないことがたくさんあるのだろうと思う。

芸能関係と反社会勢力との繋がりなんてのは、掘っていけば吉本の話だけでは終わらない。

闇営業にしたって暗黙の了解で日頃から横行してたんやろうからね。

その辺のお互いグレーですませてたことを白黒ハッキリつけるように持っていくことになれば、そりゃ都合の悪い人達もいろいろ出てくるかと思う。

ヘタすりゃ会社ごとひっくり返りかねないようなことだってあるやもしれない。

おそらく反社といっても本筋と半グレでは背景も違うやろうからこんなトラブルになってしまったのではないかっていうのは推測するところ。

だから内心ハラハラしてる吉本の芸人、また他の芸能人の中にもいるんちゃうかなあ?

こうゆう世の中を明るくする役割の人達がこんなことになってしまうとますます社会が暗くなる。

しかもパワハラ問題というのは多くの生き辛さを感じてる人達の境遇ともカブってくるやろうし、ますます負の感情を呼び起こしかねない。

一人一人の働き方が問われる今の時代、ブラック企業というものは特に糾弾の対象だ。

ジャニーズ事務所にしてもジャニーさんが亡くなってから圧力と忖度の問題が浮上している。

自分がアベ政権を許せないのもあのやりたい放題の汚さが一番の理由だが、令和という時代はもしかすると平成の膿みを出し切って、今までのシステムをブッ壊して新しいシステムを構築していく時代なのかもしれない。

そう捉えればちょっとは前向きになれるってもんだ。

だが、今回の参院選の結果を見る限り、事は相当深刻である。

良い方向に変えられればよいが、今のままだとどう考えても格差社会の助長と戦争に近づこうとしてるようにしか見えない。

庶民があまりにも舐められ、バカになりすぎた。

何だ、あの投票率の低さは?

今回の選挙で一番ショックなのがそこだった。

結果に関してはあんなもんでも投票率だけは上がるんじゃないかと思ってた。

だって消費税増税で困るのは自分達のハズだから。

今回野党の多くがまとまって減税及び廃止とその具体案を早くから広めて準備していたなら、きっともっと違った結果になったのだろうと思うが、この辺がまた頼りにならないと思わさせられるところ。

もしかしたら今回自民党は直前で危機を感じて消費税増税をやめるとか言い出してくるんじゃないかとも思っていたが、そこんところは余裕だった。

メディアも過剰に忖度してか何なのか参院選に関してたいして報道もしてなかったし、開票日だけ選挙番組してりゃええわっていうただ「やってる感」を出すことだけに精を出し、もはやまともな仕事をしていない。

こんなことは本来なら選挙前にやらないと全く意味がない。

与党としては思うツボである。

そりゃそうだろう、自分達にとっては知られれば都合の悪いことだらけなんやから。

なるべく選挙に参加してくれない方が良いのが本音。

庶民の生活がどうこうよりもとにかく改憲したくてたまらないのだから。

奴らは日本の貧困のことなどまるで実感していないし、弱者からも搾取出来ればいいとしか思っていない。

つまりは、この少子高齢化という危機を本気で国難と考えていないのである。

それよりも国防なのだ。

トランプから言われるがままに平気で兵器を爆買いする。

日本国内でたくさん貧困で困窮している人達がいるにも関わらず、外国でホイホイお金をバラまいてくるこの国のトップ。

しかもただバラ撒くだけで何の成果も出せていない。

外面が良くて、内側を大事にしていない構図っていうのがうちの職場とダブってもうて仕方が無い(笑)

東日本大震災で受けた傷ももう完全に癒えてるかのような演出は卑怯極まりない。

まだ困ってる被災者がどれだけいると思ってるんだろうか?

あらゆる方面で自分達にとって都合の良い解釈をし、時には周囲やデータをねじ曲げてでも自分達を正当化し、本質から目をそらさせ、さもうまくいってるかのように見せかける。

自分達を正当化することだけに尽力している権力者ほど見苦しくて信用できないものはない。

当然現政権下における改憲などありえない。

危険極まりない。

日本がもしこれから本気の覚悟で国防を考えるとするのであれば、今のようにホイホイどこへでも自衛隊を危険な地域へ送り出してしまいかねないような政権下で物事を決めてはならない。

そしてアメリカとの関係性をもう一度考え直さなければいけないし、そのためには日米地位協定をなんとかせねばならない。

日本がアメリカの基地の一部になってるうちはロシアから北方領土が返ってくるわけもない。

そもそも日本は何があろうと戦争してはならない。

これほど原発を抱えていて守りきれるとでも思ってるのだろうか?

テロだってやろうと思えば簡単にできてしまうのではないか?

いずれにせよ、どんなに北朝鮮や韓国や中国とゴタゴタしようとも、戦争にならない程度に適当にやりすごすのが外交ってもんだろう。

感情論に任せて変にお互い煽り合うなど愚の骨頂である。

まあ勿論オイオイって感じることも多いけども。

だいたい、この日本は戦争なんかしなくとも現状としては勝手に自滅していってるのだから、わざわざ血を流すようなことをせずとも良いだろう。

むしろ警戒すべきなのは経済侵略で、日本が買われてしまってはおしまいなのだ。

それもあってこれ以上格差社会が広がることが一番怖いのである。

で、このタイミングで消費税増税というのが致命的であって。

20年も続いてるデフレ化において消費税増税なんてしてしまってはますます経済が滞ってしまうではないか。

相変わらず優遇されてる一部の富裕層は何も困らずに今まで通りお金を使い続けるだろうが、社会の圧倒的多数の庶民がお金を使わなくなってしまったらどうなるか?

おまけに老後の年金はみんな今のうちに2000万だか3000万だか自己責任で準備しておけとか丸投げし始めた。

しかも舌の根が渇かぬうちにまた年金受給年齢を引き延ばそうとしていやがる。

それまでに高齢者はみんな死んでくれよと言わんばかりだ。

そんなこんなでおそらくこのままだとそう遠くないうちに大きな経済危機に陥ると思う。

ならば、消費税を減税、いやおもいきって廃止して、もっと最低賃金を引き上げ、中小・零細企業には補助をして、なるべく中流家庭が増えていくようなシステムを作っていくしかないだろう。

長きにわたるデフレから脱却してハイパーインフレにならないように調整すれば良い。

先ずはこの国民の血税をあちこちバラ撒いて一番無駄遣いしてる人にやめてもらわないとね。

ある意味次の衆院選には希望の光が少しは見える兆しもある。

野党はとにかく今から徹底的に準備すべし。

庶民に寄り添い、どれだけ説得力のある具体案を知らしめることができるかが勝負の分かれ目だ。

そしてあらゆる分野においてセーフティーネットを用意することが一番大事だと思う。

そこから滑り落ちていく人達が「無敵の人」となり、更に集団化でもしようものならもはや日本でもテロ集団の出来上がりだ。

もしかしたら戦争をしてリセットしてしまいたい人達なんかも増えるやもしれない。

全体主義台頭の危機でもある。

誰もが普通に安心して暮らせる社会を待ち望んでいる。

そんな社会にならない限り家庭を築いていこうという人達も増えないだろう。

なんとかこの時代の鬱屈した閉塞感がマシになっていないものかと思わずにはいられない。

次の衆院選で危惧していることに、与党がなりふり構わず消費税減税を切り札に持ってくること。

まあ経団連との関係もあるからそうは言ってこない気もするけどね。

などといったようなことを最近つらつらと考えてしまった。

自分も一底辺の庶民として全く他人事ではないのだ、これらのことが。



♪aiko/『恋をしたのは』
 
 




この曲は京アニの名作『映画 聲の形』の主題歌だった。

クリエイターの人達の夢や情熱を持った人生を想像すると、本当にいたたまれない気持ちになってしまう。

生き残れた人達にしろ、心の傷は相当なものだろう。

簡単に言葉は出てこないので、今はただただ祈るしかできない。



     aiko『恋をしたのは』を聴きながら…。

  1. 2019/07/23(火) 10:25:26|
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2019年上半期が早くも終了

2019年もアッと言う間に半年が過ぎ、折り返してしまった。

別に何かが好転したわけでも進展したわけでもない。

停滞か後退かもよくわからない。

それでも流されやすい日常の中で、少しでも抗おうと、ほんのちょっとずつでも前進しようと、なんとか試みてはいるが。

少なくとも、今の環境に甘んじてることがどんどん許せなくなってきているのは確かだ。

今の職場の在り方は酷くなりすぎてて人としてあまりにも目に余る。

外側も怪獣だらけやが、内側もなかなかの怪獣が君臨している。

だからこれまでやってこれた部分もあるんやろうけどね。

そろそろ本当にピリオドの打ち方を考えなければならないようだ。

仕事は綺麗ごとばかりでは通用しない事も多いけども、そこまで不誠実にならないといけないことなのか?と感じることが多くなってきた。

文句と愚痴と弱音と嫌味と性根の悪さにやられ続ける毎日。

長年働いてきてこの有様は実に情けない。

ただ、常に音楽があり、笑顔が重宝されるような職場っていうのは、それだけでもありがたい環境ではあるんやけどね。

ずっとクレームの荒らしに曝されたり、人の生死に関わるようなシリアスでリスキーな場所でもないし、時間が過ぎるのをただ待つだけという退屈さもない。

それだけに、何だかなあ?

ほんまの意味でもっとみんな感謝やありがたみや誇りが持てるような環境にできないものか?

澱みに澱みまくってるのはこれはもう上の人間性からきてるのは間違いないんやけど。

おそらくどこでも雇う側と雇われる側とでは大きな思惑のズレが生じるんやろうけどね。

だから世間でも今ブラックなニュースが次々と表に出てきてるのだろう。

うちも限りなくブラックに近いグレーみたいなもんやからなあ(笑)

とまあ、いろいろ思うところはあるものの、1日1日何があっても平常心を自分に言い聞かせつつここまでやってきた。

そして1日1日こちらも査定させてもらう。

続ける価値があるか否か?

いずれにせよ、次の人生のスタイルを模索しつつということになる。

遅かれ早かれ終わりはやってくるのだから。

それが静かに内部崩壊してる今の状況だと、いつ急激に終わりへ加速してもおかしくないし、突然終了する可能性だって十分ある。

幸いまだ需要はあるが、自分に問いたいのはどうゆう人達に向けてどうゆうことをしたいのかっていうのをもう一度ハッキリさせたいってことかな。

お金持ってるオッサンオバサン達よりも次世代を担う人達の方に興味があるのは事実やし、ゆくゆくは下の世代がどんなものを引き継いでいってくれるのかっていうことの方が自分の中では大事なことのように思ってる。

自分は結婚もしてないし、子供もいないし、このままだと自分の遺伝子を遺せない可能性が高いからそうゆうことを余計に考えるのかもしれないねえ。

と同時に、自分が孤独死まっしぐらなだけに、同じように多くの人達の死に様っていうのも気にはなっている。

終わりよければ全て良しという言葉は、果して人生においても通用するのか?

両親が健在のうちにこんなこと言うのも何やけど、自分の終活というのも頭に入れておかないと、極力迷惑をかけずに死んでいきたいとは常々思っている。

現政府の増税や年金問題の丸投げには憤りしか感じないが、これからますます自滅の道をたどるであろうこの日本に少しでも明るい要素を見つけるべく、生き抜いていきたい。

あいにくこんなクソな世の中なんてまだいつ死んでもええわとは思えない。

そんなクソな世の中で救いになってるのが、主に音楽や映画や本だったりするわけで。

残りの人生、できることなら日本の文化の深堀りと伝導に捧げたいもんやけどね。

最近なんだか御朱印に興味がわいてきたので、この際下半期はいろんな神社やお寺に1ヶ所1ヶ所ちゃんとしっかり参拝してみたいとワクワクしている。

今更ながらに御朱印デビューを飾ろうというのである。

実際、こうゆう場所を訪れると自分の心がリフレッシュされるのはよく感じるので、ならばこちらももっと深堀りしていこうやないかと。

京都出身ながら、まだまだ行ったことない場所も多いし、奈良方面にも全然行ってないし、これをきっかけに全国いろんな所へ旅もしたくなるやろうからね。

今年はLIVEや映画館に足を運ぶ回数が激減しているので、その分こうゆう方面で動いてみるのも良い機会なのかもしれない。

そうこうしてるうちに、迷走する自分の人生の何かヒントでも見つかればええんやけどね。

もし生活が激変するようなことでも起これば、いつまでこうゆうことができるかもわからないわけやから。

やりたいことは思い立った時に、好奇心の赴くままに、やれるだけやっておきたいものである。

人間いつ死ぬかなんてわからないんやから。

どんな災害に巻き込まれるやもわからないし、身体だってあちこちガタがきてるんやから。



上半期が終わったので、近々恒例の上半期に自分がよく聴いたアーティスト、アルバム、曲のTOP100の発表もせんといかんね。



♪xiangyu/『Go Mistake』
 
 

 


     xiangyu『Go Mistake』を聴きながら…。


  1. 2019/07/09(火) 08:36:38|
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気が付けば浦島太郎

最近はもうどうしたらいいんだろうっていうぐらい無味乾燥な日々を送っている。

自ら楽しもうっていうパワーが落ち込んで来ている。

季節の変わり目で軽めながらも気管支喘息が長引いているというのもあるだろう。

体力が奪われると気力も奪われ、あらゆる意欲も低下する。

食欲はあるが、元々グルメ志向ではないし、美味しいものを食べることでストレス発散をする性分でもない。

ただ、節約生活を強化するにあたり、美味しい思いをする機会を減らしてるのも確かで、特に大好きなスイーツをガマンするようになったのも大きいだろう。

以前なら、消費することが世の中の経済循環を良くすることになるのだからと、そこまで出し惜しみをすることもなかったのだが、今の自分の生活とこの先の日本の有り様を考えた場合、そんなことも言っていられない。

バカ政府が今頃になって年金問題について無責任なことを言っているけども、逃げ切れない世代の先頭としてはこの問題山積み弱体日本をどう生き抜いていくかを問われる。

次世代への見せしめともなる実験台だ。

この国を詐欺政府が牛耳ってるし、日本のこの先を見ても、自分の未来を見ても、何ら明るい材料が見えないので、そりゃ無味乾燥にもなるわな。

これで来月の参院選で自民党が議席を減らす事態に陥らないとすれば、もうこの国も本格的に終わるだろう。

まあこの長期デフレで消費税増税しようなんていう愚策を行うようならば、どの政党でもアウトだが。

ただ社会の暗さに自分まで便乗して暗くなる必要は全くないわけで(笑)

自分の人生の不出来に関しては今流行りの「自己責任」でもあるので、何かのせいにしてる場合ではない。

勿論、自分自身ではどうにもならんシステム上のことに関しては別やけども。

気が付けば、自分が浦島太郎にでもなったような気分になることが増えた。

周囲の変化に比べて自分はどうなんだろう?

どこかで時が止まったまま生きてるかのような、何だか置き去りにされてしまったような、そんな錯覚に陥ってしまうのだ。

そうすると、余計に玉手箱は開けられない。

ある意味年齢を自覚しないで生きて来たからポジティヴになれていた部分がある。

しかし、社会はそれを許してはくれない。

そして、いつの間にかいろんな可能性から締め出されていることになる。

それだけではない。

自分の周囲の人達も確実に歳を重ねているわけで、当然環境の変化が起こる。

逝く人も増えてきた。

仕事を失う人もいたり。

結婚するという想像ができなかった人達も結婚したり。

自分はどうだろう?

浮上も転落もしていない常に低空飛行。

何か変わっただろうか?

今更変われるだろうか?

自分は成長できてるのだろうか?

自分は納得して死ねるだろうか?

ここで、また最初の無味乾燥に戻るわけだが、自分の中で本当の歓びというものがわからなくなってるような気がする。

ささやかな幸せを感じにくくなっている。

心から笑えることがなくなってきたとも思う。

ここんところ、映画やLIVEに足を運ぶ回数も激減している。

そのかわり本を読む時間は増やしているけども、そこまで心の豊かさに繋がってるとも思えない。

心の武装に使おうとしてるのかなあ?

いずれにせよ、よろしくない兆候にあるのは間違いないだろう。

この自分を支配しようとしている虚無感をなんとかしないとそのうち病んでしまうのではないだろうか?

どうせ孤独死まっしぐらなら、もっと開き直って今をせいぜい楽しんでおかないと勿体ない。

こうゆうのも全ては思い込み。

変わろうと思うなら、新たに今まで出逢ってこなかった人達に逢う環境を作る必要があるのかもしれない。

また、自分がどうゆう人達に逢いたくて、そのために自分がどうなっておくべきかということはちゃんと考えておくべきだろう。



♪‪FENCE OF DEFENSE feat Daisuke Asakura/『TOKINOKAWA -2014‬』
 
 

 


     ‪FENCE OF DEFENSE feat Daisuke Asakura『TOKINOKAWA -2014‬』を聴きながら…。



  1. 2019/06/17(月) 05:16:37|
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令和になり1ヵ月

例年通りなら今頃はサカスプで名古屋遠征に行ってクッタクタになって帰ってきてバタンキューってなハズなんやけど、今年はスルー。

初日のメンツとタイテなら間違いなく行ってたやろうけど、今日のは出演者と箱とタイテの組み合わせと、自分の体力労力経済的余裕を天秤にかけた場合、そこまでそそられることがなかった。

自分の中でももう毎年の恒例行事になってたから、寂しい気分にはなったけどね。

まあ、いずれにせよ、今は気管支喘息が出てしまって、咳でめちゃめちゃ体力も消耗してしまってるし、ここ一週間の仕事もハードやったんで疲労の蓄積もハンパなかったから、結果的には良い判断だったと思う。

そもそもG.W.の連休が長かったから今月は経済的にもヤバいしね。

今年はサカスプだけでなく、ネコフェスとRUSH BALLのスルーも決定。

令和初のLIVEはSuchmosの神戸ワールド記念ホール公演やったわけやが、以後のLIVE予定は未定。

B'zもミスチルもチケットは取れなかったし、サマソニ大阪三日目だけかな、今のところ取る予定なのは。

それにしても、例年に比べるとめっちゃ楽しみなメンツというわけでもないし…。

もしかしたら、こうやって徐々にフェスへの参加も減っていくのかもしれない。

映画館へ足を運ぶ回数も激減している。

肉体的精神的経済的余裕がないと足を運ぶ気力もわいてこなくなる。

今のように喘息が出てしまってるともうほんまに生きるパフォーマンスが落ちる。

それでもまだ重度ではないだけマシ。

歌えなくなる程ではないから。

それと今は耳鳴りがかなり酷い。

特に左耳が。

これって将来の認知症にも繋がってきそうやからコワい。

小室哲哉も片耳が難聴でほとんど聞こえなくなってるって話やけど、音楽に関わってる人達はある意味職業病にもなりかねないことか、と。

令和になっても相変わらず毎日なんだかなあ?なことばかりなのは何ら変わりはない。

1ヵ月経っても、別に令和感みたいなものは特にない。

ただ、なんとなくあの長い連休が境目になってたなあってぐらいなもんで。

ニュースを見てもこの国の明るい未来など全く見えてこないし、日本人が全体的にほんまに阿呆になってしまったんやなあと却って絶望するだけである。

とまあ、陰鬱なことばっかり言っててもしゃーないので、結局人生なんてのは自分がどう考え感じるか次第なのだから、せいぜい自分なりの楽しみ方を見出していくしかない。

それにしてももう残り1ヵ月で2019年も折り返しっていう時の流れの早さの恐ろしさよ。

まだまだ日常に抗えてないよなあ。

それでも新しく本棚とBlu-ray用の棚を買って、VHSのデータ変換作業もまた復活させて、ちょこちょことスッキリさせてきてはいる。

いつ死ぬかわからないと思ったら、美味しいものを後にとっておいてもしゃーないよなあ。

観たいものも早くチェックするに限る。

なんせいろいろ後回しにしてきたことが、人生最大の失敗なのだから。

そのフットワークを軽くするためには、いかに日頃から健康であることが大事なのかを痛感する。

年をとるごとに頭も身体もこんなにもポンコツになっていくとは、なってみないとわからない。

若いというだけで、どれだけアドバンテージがあるのかを今頃になって思い知っても後の祭りだ。

それでも少しずつでも良い方向に変えていかねば。

とりあえず今は喘息を治さないと、薬で眠いし、でも寝てても気管がイガイガして苦しいわで、どうにもこうにもたまらん。

こんなもん、もっと老いてしまったら肺炎とかで死んでまうのもわかる気がするわ。


♪内田珠鈴/『nude』
 
 

 



     内田珠鈴『nude』を聴きながら…。



  1. 2019/06/03(月) 01:13:07|
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超連休の終わり

平成から令和へと跨がった長期連休が終わった。

世間的には10連休、個人的には9連休。

これから夜には仕事があるわけやが、多くの人がそんな気分であったであろうに憂鬱ではある(笑)

逆に仕事上長期連休が過ぎ去ってホッとした人達も多いのかもしれないね。

自分はオフでは誰かと会話する機会が極端に減るので、仕事でもない限り声周りの筋肉も衰えていきそうやからね。

老け込んでもいかんので、そろそろ社会復帰を果たさねばならない。

いつぞやのおよそ1ヵ月もプー状態に陥った時のことを思い出したわ。

あの路頭に迷う寸前の恐怖というのを今味わうと病んでまいそうやからな。

もっとも今の御時世の方がいつそうなってしまうかわからない状態でもあり、世間的にも最も目の前がデンジャラスゾーンになってる世代やからなあ。

いつ社会の網の目からこぼれ落ちてしまうやもわからない。

そんなこんなでこれからまた毎日葛藤が続いていくんだろう。

戦闘態勢に入らねば。

しかし、平常心を忘れずに。

そして楽しむことと成長することを念頭において。

どれだけ休みがあってもアッと言う間に過ぎていってしまうもの。

どこまでリフレッシュできたかはわからないけど、原点回帰を意識して有意義な時間を見出せたとも思う。

休んでる間は当然その分収入はないし、何かをやろうと思えばすぐにお金が要るからそうそうハメをはずしてばかりもいられないので、バランスのとり方としてもこんなもんやったかな、と。

ただ反省したのは、もっとず〜っと前から、この自分の部屋と向き合って断捨離作業を徹底的にしてこなかったのか、と。

もっと快適過ごせる空間が作れていたハズで、もっとお金も時間も無駄になる要素を少なくできたハズなのに、と。

この部屋に引っ越してきてから一体もう何年経つんだ?

そう考えた時に恐ろしくなってしまった(笑)

何も手をつけないと何も変わらないし、死ぬまで変わらない。

このまま死んでしまったらシャレにならない。

連休中に昔の故郷に足を運んでみてこのままいくと一生思い出さなかったであろう人達のことがいっぱい頭に過ったんやけど、これはあらゆる物にたいしても同じで、結局過去なんていうものは思い出すきっかけが無ければもう用済みなのかもしれない。

そのきっかけを失うのがどこかで怖いのかもしれない。

それと必要以上に勿体ないお化けの感覚を身につけて育ってしまったのも問題なんやろうね。

結局のところ、本当に大事なもの、必要なものというのがちゃんと見出せていなくて、執着ばかりしてるという。

後、致命的なのは「面倒くさい」を習慣にしてしまったこと。

これが我が人生において諸悪の根源である。

大人とは、いかにこの「面倒くさい」を一つ一つ踏みつぶして先に進んで行くかが大事っていうのを今更ながらに痛感する。

この辺は考え過ぎに由来する。

考える前に動けというのは正しい。

本当にやりたいこと、好きなことっていうのはもう無性に衝動が先に立ってやってしまうものだ。

子供の時の自分を思い出せばそうだった。

好奇心でまっしぐらだ。

それがだんだん他人と関わっていく中でそうゆう気持ちを萎えさせられる目に遭っていく。

そんなことを屁とも思わずに真っ直ぐ己の道を進んだ人間だけが高みに到達できるのだろう。

自分は中途半端な人間だった。

ただそれだけだ。

だからこのままでは死ねないのだ。

とにかくいつ死んでも大丈夫なように恥ずかしくない部屋にしておかなくてはいけない(笑)

というわけで、連休が終わってもまだまだ部屋のダイエット作業と原点回帰作業は続くのである。



♪より子/『それでいいのですか?』
 
 

 

     より子『それでいいのですか?』を聴きながら…。



  1. 2019/05/07(火) 17:29:13|
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令和での初京都

平成から令和になったことにすっかり気をとられている間にしれ〜っと2019年の3分の1が早くも通り過ぎてしまっていたことに焦る。

G.W.中に京都をいろいろ巡りたいとは前々から考えていたのだが。

9連休だからといって、あっちやこっちや行ってたらお金もかかるし、わざわざ人が多い場所に行くのも疲れるしってことで、ちょっといいこと思いついたのが、我が故郷の地を見に行ってみようと。

ずっと前から気になってたのだ。

高速道路のせいで立ち退きになってしまった故郷の家があった場所は今どうなっているのか?

憲法記念日、天気もめちゃくちゃ良くて、遠足日和だった。

大学時代前半にはよく利用してたあの駅で降り、小学生ぶりではないかというぐらいのあのバスに乗った。

人は少なかった。

その時感じたのは、これからの高齢化社会では、足の悪い老人が増えてバスの乗り降りにかかる時間も一苦労やな、と。

まあ、その分昔のように現金払いではなく、ICカードチャージを運用してるからスムーズではあるけども。

このバスもいずれ人口減少で経営難に陥り、撤廃されるんじゃないかという心配が頭を過った。

1時間に2本やったもんなあ。

そして、ゆらゆら揺られながら自分がかつて通っていた小学校の前で降りた。

なんせ自分が通ってた当時でも100年以上の伝統ある小学校で、自分の学年は当時4クラスやったっけな?

少子化の現在では一体どうなってるんだろう?

勿論校内に入ることもできないので、周りをぶらっと歩いてみて懐かしさに浸ってみた。

そこからは、自分がよく下校時に通ってた道を歩いてたんやけど、いやはやこんなことでもしない限り思い出さなかった当時の同級生やらのことをいろいろ思い出してもうたよ。

ここのあいつの家はまだそうなんかな?とか。

また登下校中のエピソードなんかも思い出したりして。

しかしながらこんなに静かでのどかな土地で生活をしとったんやな、と大阪のガチャガチャした生活にすっかり慣れてもうてたもんやから、妙に感動してしまった。

が、唯一変わっていたのが遠くに見えた高速道路。

あれか、と。

親戚のお墓のあるお寺に寄り、地元の近所の神社に参ってから懐かしい道を歩き、自分が育った家の方に向かって歩いていった。

山の上の方に近づくにつれ、高速道路が目の前に迫ってきた。

山をブチ抜いてトンネルが作られていた。

こうやって人間は自然環境の保護よりも交通の利便性を優先させたわけやね。

京都は盆地やから、山に登れば市内を広く見渡せる。

京都タワーは目印だ。

子供の頃は自分の家の二段ベッドの上からでも窓の外を眺めれば見えていた。

前の竹が伸びるまでは(笑)

こうやって散歩しながら、小さい頃はあたりまえのように見かけていた草花や生き物に癒された。

ああ、この空気、この自然の音、この豊富な緑に青い空、垣間見える花の色、そしてゆったりと流れる地球のテンポ。

歩いてると全然知らない人からも挨拶されたり、なんなんだこの余裕。

ガチャガチャ、ゴチャゴチャ、せかせか、ギスギスした大阪とは全然違うではないか。

変わった所と変わっていない所。

変わったその一番の象徴が高速道路だったわけやけども、自分の実家があった場所に来てみると、見事にその一帯だけ引っかかっており、整備された川が通っていた。

かつてはこの川も蛍が飛んでたぐらい綺麗な自然の川やったのに。

川の中を上流に向かって歩いてたら、どこかのオバチャンが洗濯してて注意されたこともあった(笑)

そんな美しい川の姿はもうまるで無かった。

この高速道路のせいで、立ち退きの憂き目にあった人達とそうでない人達がいて、近所の人でもまだこの辺りに住んでる人もけっこういるようだった。

もっとも誰とも知人に会うことはなかったが。

自分のこのバカデカい声量もこの自然環境があったこそ育まれたものだと確信している。

あれだけ近所のことも考えずによくまあ自由に大声で歌ってたもんやなと、周りの大人も寛容やったんやなと(笑)

田んぼの中を走り回ったり、いろんな場所に探検に出かけたり、子供の頃の好奇心って今の自分にもまだ残ってるんよなあ。

なんだか感傷的になりながら、今度は自分が通っていた、高校、中学の方へと歩いていった。

まあ外観は当時とさほど変わってはいないようだったが、生徒の質だったり中身はいろいろと変わってもうてるんやろうなあ。

教育そのものもいろいろ変わってきてるんやろうからねえ。

中学の時は9クラス、高校のときは11クラスあったが、今の学校はどうなってるんだろうか?

学校周辺を歩いてると、当時学生だった自分はどうゆう奴で、また将来をどう考えてたんだっけな?なんてことをあれこれ考えてしまった。

実に原点回帰するのには良い機会になったし、当たりやったね。

当時の友達が今どうしてるのかなあ?なんてことも頭に浮かんできたが、別に同窓会に行きたいとも思わないし、特別また会いたいという気持ちは起こらなかった。

それは自分が自分自身をいまだに認めていないからということもあるだろう。

もしかしたら惨めな気分になるのが嫌だからなのかもしれない。

う〜んと昔に同窓会や結婚式に参加した時のこちらの感情を逆撫でするような、あの勝手にマウンティングされる何か悔しい感覚が面倒くさいからやろうな。

自分がどうあれ世間はそう見るのかっていう。

こうやってどんどん社会から切り離されていって、独りでポツンと死んでいくのかもしれない。

まあ、そうならんようにということで、原点回帰しながら今模索しとるわけやけども(笑)

誰かのためにといったあれだけの信念は一体どこへ行ってしまったのか?

思い出の地を巡ることは過去の自分との対話でもあった。

あまりにも歩きすぎて、最後の方は片足を引きずりながら歩いてた。

そうやって、立ち退いた先の実家にいつもとは違うルートで帰ったわけやが、幸いまだ両親が元気でいてくれていることに感謝である。

身体のあっちやこっちや帰る度に悪くなってる話を聞かされるし、親戚の誰々もどうなっただとか、誰々が亡くなっただとか、そんな話ばかりだ。

ここに介護の問題が入って来ると、少なくとも今の生活は維持出来なくなる。

原点回帰と共に、そういったことも見据えて京都に拠点を移すことを視野に入れてるわけだが。

なんせ自分らの世代は明るい要素がなかなか見当たらない。

この散歩をしてる時に一番感じたことが、高齢者ばっかりやなあっていうことだった。

見かける人達が圧倒的に高齢者。

大丈夫か?日本。

昨日、みどりの日はまだ行ったことのなかった上賀茂神社に行く予定を立てていた。

その前に久々に京都府立植物園に寄ったんやけど、ボケーッと散歩するのには最高やったな。

静かやし、緑があまりにも気持ちよくてついつい長居してしまった。

みどりの日にちょうど良い体験だった。

そこから歩いて大田神社に寄ってから上賀茂神社を参拝。

更にそこから鴨川沿いに下がって下鴨神社も参拝。

神社の空気ってなんとも心をスーッと浄化してくれる気がする。

自分が賽銭を入れて祈ることはいつも決まっている。

世界が平和でありますように。

そして自分がみんなの力になれる力をください、と。

まだこう思えてるってことは、自分の中にまだ希望の光は消えていないという証しだ。

下鴨神社の後は、その近くにある出町座というミニシアターで映画を観てから帰った。

映画館のような娯楽施設もこれからはどんどん淘汰されていって、本当に必要とされるものだけが残っていく世の中になっていくんやろうなあ。

自分は旅先でよくミニシアターで映画を観る。

ミニシアターならではの独特の雰囲気が好きだからだ。

でもミニシアターの経営は苦難の道だろうというのは想像に難くない。

映画文化が長く続いてほしいと切に願うし、映画のことはこれからもどんどん語っていきたいと思う。

そうゆうカルチャー面というのも自分とは決して切り離せないことだ。

そして、この二日間で緑に囲まれてることがこんなにもリフレッシュできることなんやなと再確認できた。

今年はまだまだ京都のいろんな場所に足を運ぶ予定だ。

また京都ではないけども、前々から行かねばと思ってた比叡山と高野山も年内のうちに行っておきたい。

わずかに残された休みはまた掃除と断捨離の続き。

そして、消化しておくべき映画を観に行くことと、後はフェルメール展ぐらいか。

ほんまは歌のチェックの続きも出来ればいいんやけど。

なんとかちょっとでも気持ちよくG.W.後も過ごせるようにメンタルと肉体と環境を整えたい。


♪TM NETWORK/『Green days 2013』
 
 

 


     TM NETWORK『Green days 2013』を聴きながら…。


  1. 2019/05/05(日) 13:18:13|
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令和元年初日

世間の空気としては若干年越しを彷彿させる「時代越し」だった(笑)

今日は映画の日なので映画を観に行く計画を立てていたんやけど、案の定ババ混みやったから行くのを止めた。

あいにく天気も悪かったしね。

そして昨日の大掃除と断捨離の続きを決行。

何をどう整理するか?

何を動かしてどう収納すれば良いか考えたり、いろんな有効な処分先をネットで調べたりして没頭してたらアッと言う間に夜になってしまった。

また早よこの日記を書いてしまわないと令和初日の日記が書き残せないではないかと焦った次第。

なかなかこんまりさんのようにはいかないが、根気よく断捨離作業をコツコツ続けていきたいと思う。

それぐらい物が多いってことなんやけどね。

今までちゃんとした大きい本棚を買わなかったのが一番の失敗だった。

本を段ボール箱に入れてしまったら、それはもう積ん読本にさえならない。

単なる置かれた箱だ。

本はいつでも目に止まってすぐ手に取れるようにしておかないと全く意味がない。

そんなこんなで、いつ引っ越すかもわからんしと、買わないでいた本棚を買うことにした。

以前からニトリやら何やらでいろいろチェックはしてたからねえ。

それに収まらない本は処分の方向で。

売る時はなるべく一度にがっつりと売りたい。

逆に何千枚もあるCDは売らないことを決意。

全てラックに収めようと前からMedia Passを買って頑張って詰め込んでたけど、いくらやってもキリがなく、さすがに全部は収まりそうにない。

プラケースは軒並み捨ててもうたから、今更売ろうにもなあっていう状況。

本にしても音楽にしても、今やネットでデータとして手に入る時代やから、こんなに持っててどないすんねん?って思う部分もあるけど、そんな時代やからこそ物のありがたみがわかるっていうのもあるねんなあ。

まあ、引っ越すことにでもなれば、その時また考えるとしよう。


明日でGWも半ばやけど、掃除ばっかりしてたら何かすっげえ勿体ない気になってしまった(笑)

それでもお金はかからないし、いずれやらなければならなかったことをやってしまうのには良い機会。

9連休あってもその分収入は減るわけやから、やたらめったら動くわけにもいかないのだ。

掃除も断捨離もまだまだ続くけど、令和を始めるにあたり、大事なことやね。



♪GLAY/『元号』
 
 

 


     GLAY『元号』を聴きながら…。


  1. 2019/05/01(水) 23:36:56|
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平成最後の日

今日は平成にいろいろ置いていくつもりでずっと部屋の掃除と断捨離。

同時に平成によく聴いた音楽を振り返っていて、部屋の三方に音源を配置し、どこに行ってもいずれかの音楽が耳に入ってくるという軽く仮想フェス状態なのが楽しい(笑)

主に平成初期から中期に聴いてた洋楽アーティスト中心に。

なんだか懐かしくなった。

ずっと聴き続けてるアーティストもいれば、いつの間にか聴かなくなってしまったアーティストもいるしね。

本人が活動してなかったら尚更。

そんなこんなで掃除と断捨離はやってもやってもキリがないんやけど、まだやりたいと思いつつ一旦手を止め、飯を食った。

平成最後の晩餐はカレーライス。

家では全く酒を飲まないけど、今日は後ほど昨日買ってきたスミノフグレープでも飲みながら平成から令和へと時代を跨ごうと思う。

自分の部屋の中を見渡してみても、まだいろんなものへの執着が断ち切れてないよなあって思うし、自分がまだこれからどう生きていきたいのか明確じゃないんやなあっていうのを思い知らされた気がした。

掃除も自分との対話やね。

まあ令和早々での宿題になってしまったなあ。

とりあえず、さっさとこの日記をアップしてしまわないと、後残り30分程で改元してしまうわ。

それでは、令和でまた逢おう。



♪TONEAYU/『平成最後の骨抜き』
 
 

 

     TONEAYU『平成最後の骨抜き』を聴きながら…。

  1. 2019/04/30(火) 23:26:22|
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平成と令和をどう跨いでいこうか?

平成も残すところ後2日。

今日は大阪城ホールで『REQUESTAGE 2019』があるので、事前に十分休んでおかないとヤバいのだが、朝方3時間程寝ただけで後は眠れなくなってしまった。

決して眠くないわけではなく、眠たい感じはするのに眠れないっていう。

睡眠障害ですな。

まさか遠足の前の日に興奮して眠れなくなった小学生と同じ状態ってことではあるまい(笑)

このように毎日毎日夢を見ては目を覚まし、また夢を見ては目を覚ましと、断続的に目が覚めるのが常である。

これも夜の仕事を選択した結果の、昼夜逆転生活の代償か。

まあこの調子じゃ長生きはできないだろう。

もっとも今の自分の人生を考えれば、独り身で長生きしたところでどうかとは思うが。

年々ポンコツになってきてるとはいえ、幸い大方においては健康だ。

「身体が資本」っていううちの家訓みたいなもののおかげかもしれない(笑)

令和になるとますます少子高齢化社会の国難で何かと虐げられることになるだろうが、要は歳をとってもずっと働け、死ぬまで働けっていう時代である。

逃げ切れない世代はもうどうしようもない。

元々自分はそのつもりでいたからこんな調子で仕事をしてるっていうのもあるし、守るものが無い分、そこまで深刻にならずにすんでいるのだろう。

それだけに、身体や心を壊して動けなくなってしまったら終わりだ。

それだけは避けねばならない。

そのための健康管理も年々シビアになっていく。

この仕事をしてる限り睡眠面はパーフェクトにはできないが、食事に関しては極力気を遣うようになった。

そのかわり以前よりも金銭面では大変なことになってしまっているけども(笑)

それもあって節約生活は音楽や映画といった娯楽面にも響いてきてる。

できるだけ興味がわいたものには実際に足を運ぶという姿勢でいたけども、今はやや絞るのを強めに設定するようになった。

本や物を買うのにも一歩踏み止まる習慣がついた。

これがいいのかどうかはまだわからないが、お金を貯めようと思えばこれぐらいしないと無理なので。

消費も世の為だとかもはや言ってられない。

いよいよ消費税増税ってことになると、財布の紐はもっときつく縛ることになるだろう。

ここんところいつもこんな話ばかり語ってる気がする。

こんな話をするつもりではなかったのだ(笑)

明日は平成、明後日は令和。

この二日間をどう過ごすのか?

明日は自分の平成を振り返りたい。

特に自分が平成でどんな音楽と出会ってきたのか、振り返りながら部屋の掃除でもして過ごしたい。

また、平成になって一番大きく変わったのがインターネットの出現だ。

これによって今まで出会えるはずも無かったような人達と様々な出逢いをもたらしてくれた。

自分がどんな人達と出逢ってきたのかちょっと振り返ってみたい気もするし、自分がどんなことを書いてきたのか、過去の自分と再会してみたい気もする。

それはちょっと大仕事なので、令和に入ってからちょこちょこ振り返ってみるのも良いかもしれない。

そこに今後のヒントが見つかるやもしれない。

なんせ今年は自分の中を掘ってみることも一つのテーマなのだから。

明後日、令和に入ったらとりあえず映画かな。

1日やし、映画の日やし(笑)

ああ、こうやって音楽と映画に救われてるわけやなあ。

そんな感じで、独りでひっそりと時代を跨いでいこうかと思う。

それでは、今日は平成最後のLIVEを楽しんでくるか。

途中で自分の電池が切れなかったらいいけど(笑)



♪ASIAN KUNG-FU GENERATION/『君という花』
 
 

 


     ASIAN KUNG-FU GENERATION『君という花』を聴きながら…。



  1. 2019/04/29(月) 13:07:32|
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