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JIN道的処置 ~心と心の化学変化を信じて~

自分が感じるありのままに、本当に人に伝えたいことや届けたいこと、新たな表現方法など、特に自分の内面を重視して綴ったブログ。そして、心を豊かにしてくれるような音楽や映画、本などもたくさん紹介します!

令和での初京都

平成から令和になったことにすっかり気をとられている間にしれ〜っと2019年の3分の1が早くも通り過ぎてしまっていたことに焦る。

G.W.中に京都をいろいろ巡りたいとは前々から考えていたのだが。

9連休だからといって、あっちやこっちや行ってたらお金もかかるし、わざわざ人が多い場所に行くのも疲れるしってことで、ちょっといいこと思いついたのが、我が故郷の地を見に行ってみようと。

ずっと前から気になってたのだ。

高速道路のせいで立ち退きになってしまった故郷の家があった場所は今どうなっているのか?

憲法記念日、天気もめちゃくちゃ良くて、遠足日和だった。

大学時代前半にはよく利用してたあの駅で降り、小学生ぶりではないかというぐらいのあのバスに乗った。

人は少なかった。

その時感じたのは、これからの高齢化社会では、足の悪い老人が増えてバスの乗り降りにかかる時間も一苦労やな、と。

まあ、その分昔のように現金払いではなく、ICカードチャージを運用してるからスムーズではあるけども。

このバスもいずれ人口減少で経営難に陥り、撤廃されるんじゃないかという心配が頭を過った。

1時間に2本やったもんなあ。

そして、ゆらゆら揺られながら自分がかつて通っていた小学校の前で降りた。

なんせ自分が通ってた当時でも100年以上の伝統ある小学校で、自分の学年は当時4クラスやったっけな?

少子化の現在では一体どうなってるんだろう?

勿論校内に入ることもできないので、周りをぶらっと歩いてみて懐かしさに浸ってみた。

そこからは、自分がよく下校時に通ってた道を歩いてたんやけど、いやはやこんなことでもしない限り思い出さなかった当時の同級生やらのことをいろいろ思い出してもうたよ。

ここのあいつの家はまだそうなんかな?とか。

また登下校中のエピソードなんかも思い出したりして。

しかしながらこんなに静かでのどかな土地で生活をしとったんやな、と大阪のガチャガチャした生活にすっかり慣れてもうてたもんやから、妙に感動してしまった。

が、唯一変わっていたのが遠くに見えた高速道路。

あれか、と。

親戚のお墓のあるお寺に寄り、地元の近所の神社に参ってから懐かしい道を歩き、自分が育った家の方に向かって歩いていった。

山の上の方に近づくにつれ、高速道路が目の前に迫ってきた。

山をブチ抜いてトンネルが作られていた。

こうやって人間は自然環境の保護よりも交通の利便性を優先させたわけやね。

京都は盆地やから、山に登れば市内を広く見渡せる。

京都タワーは目印だ。

子供の頃は自分の家の二段ベッドの上からでも窓の外を眺めれば見えていた。

前の竹が伸びるまでは(笑)

こうやって散歩しながら、小さい頃はあたりまえのように見かけていた草花や生き物に癒された。

ああ、この空気、この自然の音、この豊富な緑に青い空、垣間見える花の色、そしてゆったりと流れる地球のテンポ。

歩いてると全然知らない人からも挨拶されたり、なんなんだこの余裕。

ガチャガチャ、ゴチャゴチャ、せかせか、ギスギスした大阪とは全然違うではないか。

変わった所と変わっていない所。

変わったその一番の象徴が高速道路だったわけやけども、自分の実家があった場所に来てみると、見事にその一帯だけ引っかかっており、整備された川が通っていた。

かつてはこの川も蛍が飛んでたぐらい綺麗な自然の川やったのに。

川の中を上流に向かって歩いてたら、どこかのオバチャンが洗濯してて注意されたこともあった(笑)

そんな美しい川の姿はもうまるで無かった。

この高速道路のせいで、立ち退きの憂き目にあった人達とそうでない人達がいて、近所の人でもまだこの辺りに住んでる人もけっこういるようだった。

もっとも誰とも知人に会うことはなかったが。

自分のこのバカデカい声量もこの自然環境があったこそ育まれたものだと確信している。

あれだけ近所のことも考えずによくまあ自由に大声で歌ってたもんやなと、周りの大人も寛容やったんやなと(笑)

田んぼの中を走り回ったり、いろんな場所に探検に出かけたり、子供の頃の好奇心って今の自分にもまだ残ってるんよなあ。

なんだか感傷的になりながら、今度は自分が通っていた、高校、中学の方へと歩いていった。

まあ外観は当時とさほど変わってはいないようだったが、生徒の質だったり中身はいろいろと変わってもうてるんやろうなあ。

教育そのものもいろいろ変わってきてるんやろうからねえ。

中学の時は9クラス、高校のときは11クラスあったが、今の学校はどうなってるんだろうか?

学校周辺を歩いてると、当時学生だった自分はどうゆう奴で、また将来をどう考えてたんだっけな?なんてことをあれこれ考えてしまった。

実に原点回帰するのには良い機会になったし、当たりやったね。

当時の友達が今どうしてるのかなあ?なんてことも頭に浮かんできたが、別に同窓会に行きたいとも思わないし、特別また会いたいという気持ちは起こらなかった。

それは自分が自分自身をいまだに認めていないからということもあるだろう。

もしかしたら惨めな気分になるのが嫌だからなのかもしれない。

う〜んと昔に同窓会や結婚式に参加した時のこちらの感情を逆撫でするような、あの勝手にマウンティングされる何か悔しい感覚が面倒くさいからやろうな。

自分がどうあれ世間はそう見るのかっていう。

こうやってどんどん社会から切り離されていって、独りでポツンと死んでいくのかもしれない。

まあ、そうならんようにということで、原点回帰しながら今模索しとるわけやけども(笑)

誰かのためにといったあれだけの信念は一体どこへ行ってしまったのか?

思い出の地を巡ることは過去の自分との対話でもあった。

あまりにも歩きすぎて、最後の方は片足を引きずりながら歩いてた。

そうやって、立ち退いた先の実家にいつもとは違うルートで帰ったわけやが、幸いまだ両親が元気でいてくれていることに感謝である。

身体のあっちやこっちや帰る度に悪くなってる話を聞かされるし、親戚の誰々もどうなっただとか、誰々が亡くなっただとか、そんな話ばかりだ。

ここに介護の問題が入って来ると、少なくとも今の生活は維持出来なくなる。

原点回帰と共に、そういったことも見据えて京都に拠点を移すことを視野に入れてるわけだが。

なんせ自分らの世代は明るい要素がなかなか見当たらない。

この散歩をしてる時に一番感じたことが、高齢者ばっかりやなあっていうことだった。

見かける人達が圧倒的に高齢者。

大丈夫か?日本。

昨日、みどりの日はまだ行ったことのなかった上賀茂神社に行く予定を立てていた。

その前に久々に京都府立植物園に寄ったんやけど、ボケーッと散歩するのには最高やったな。

静かやし、緑があまりにも気持ちよくてついつい長居してしまった。

みどりの日にちょうど良い体験だった。

そこから歩いて大田神社に寄ってから上賀茂神社を参拝。

更にそこから鴨川沿いに下がって下鴨神社も参拝。

神社の空気ってなんとも心をスーッと浄化してくれる気がする。

自分が賽銭を入れて祈ることはいつも決まっている。

世界が平和でありますように。

そして自分がみんなの力になれる力をください、と。

まだこう思えてるってことは、自分の中にまだ希望の光は消えていないという証しだ。

下鴨神社の後は、その近くにある出町座というミニシアターで映画を観てから帰った。

映画館のような娯楽施設もこれからはどんどん淘汰されていって、本当に必要とされるものだけが残っていく世の中になっていくんやろうなあ。

自分は旅先でよくミニシアターで映画を観る。

ミニシアターならではの独特の雰囲気が好きだからだ。

でもミニシアターの経営は苦難の道だろうというのは想像に難くない。

映画文化が長く続いてほしいと切に願うし、映画のことはこれからもどんどん語っていきたいと思う。

そうゆうカルチャー面というのも自分とは決して切り離せないことだ。

そして、この二日間で緑に囲まれてることがこんなにもリフレッシュできることなんやなと再確認できた。

今年はまだまだ京都のいろんな場所に足を運ぶ予定だ。

また京都ではないけども、前々から行かねばと思ってた比叡山と高野山も年内のうちに行っておきたい。

わずかに残された休みはまた掃除と断捨離の続き。

そして、消化しておくべき映画を観に行くことと、後はフェルメール展ぐらいか。

ほんまは歌のチェックの続きも出来ればいいんやけど。

なんとかちょっとでも気持ちよくG.W.後も過ごせるようにメンタルと肉体と環境を整えたい。


♪TM NETWORK/『Green days 2013』
 
 

 


     TM NETWORK『Green days 2013』を聴きながら…。
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  1. 2019/05/05(日) 13:18:13|
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