FC2ブログ

JIN道的処置 ~心と心の化学変化を信じて~

自分が感じるありのままに、本当に人に伝えたいことや届けたいこと、新たな表現方法など、特に自分の内面を重視して綴ったブログ。そして、心を豊かにしてくれるような音楽や映画、本などもたくさん紹介します!

養老孟司・著『バカの壁』

最近、養老孟司『超バカの壁』を読んだ。
この本の感想を書く前に、2003年の秋に書いた日記を編集して、あの大ベストセラー『バカの壁』についての感想をアップしておこうと思う。


**********************************

20060121172947.jpg


只今話題になっている超ベストセラー本で養老孟司・著『バカの壁』を読んだ。
前から興味あったんよね。
たぶん読んだら刺激になるんやろうなあって思ってたから。

帯には「知りたくないことに耳をかさない人間に話が通じないということは、日常でよく目にすることです。これをそのまま広げていった先に、戦争、テロ、民族間・宗教間の紛争があります。(中略) これを脳の面から説明してみましょう。脳への入力、出力という面からです。」っていう本文からの引用文が書かれていて、これが何と言ってもそそったんだわ。
実際、かなり刺激になった!
「なるほど」って気付かされる部分が多かったんよね。

まあどんな本を読んだところで自分の中で消化できなければ丸々鵜呑みにするようなことはない。
それでもやっぱり人生の先輩の話は勉強になることも多いもんだ。
こうやって人が長年かかって気付いたことをたった1冊の本で読めてしまうのは非常にありがたいことである。
こういう本を読む度に自分が語ってることなんてすげえ浅はかなことなんちゃうかなあ?なんて思ってしまったりするねんけどね。
それでもハッタリかましながら毎日書いてるわけですわ(爆)。


さて、この『バカの壁』が売れているという現象にたいしてなんだか嬉しく思った。
それは少なくとも自分の中の心の変化を求めてる人達が多いんやろうなあって気がしたから。
裏を返すと今の自分自身に迷いがある人達が多いってことなんやろうね。
自信の無さがこういう本を手に取らしたのかもしれない。
何はともあれ人生に前向きな証拠でしょう。 


では、今回は第1章の「「バカの壁」とは何か」って話からアレコレ語ってみようと思う。 
ここではこの本の序章の役割である「わかっている」ということがどういうことか、それに伴い宗教科学について触れている。
宗教と科学については後の章で作者がより詳しく語っているので、とりあえず「わかっている」ということに関して語ってみようか。 


作者は先ず例としてBBC制作のある夫婦の妊娠出産のドキュメンタリー番組を学生に見せたんだそうな。
すると女子の大半は「勉強になりました」と答えたのに対し、男子の大半は「こんなことは保健の授業でやったから既にわかっている」と答えたという。
この正反対の結果から伺えることは、女性は妊娠出産に対して自分と深く関わっているけども、男性は自分には関係ないと思っているため「わかっている」ですませてしまったのだろうってこと。
自分の知りたいことと違うことについて自主的に情報を遮断してしまっている。
作者はコレを一種の「バカの壁」って呼んでいる。 


では実際に何をわかってるねん?って話で。


「わかる」ってことは「知識がある」っていうことではない、と。
ニューヨークのテロの映像を見て「知っている」「わかっている」なんてのも大いなる勘違いである、と。
いろいろ多くのことを説明できれば「わかっている」っていうことになるわけじゃない。

例えば陣痛の痛みも知らないくせに、テロの現場にも居合わせたわけでもないのに簡単に「わかってる」なんて言ってしまえる恐さ。
要するに"知識"と"常識"は違うのに、雑学と勘違いしておるって言うんよね。
常識=当たり前のスタンスを考えずして何がわかってるねんってこと。


「現実」というものをもっとツッコんで考えたら、いかに「わかる」ということが簡単なことではないかってことがよくわかる。
こういう部分はオレなんかもハッとさせられたところやね。
確かに何かの知識をつめこんだだけでわかってるような気分になっちゃうもんやからね。


勿論、情報というものは鵜呑みにしておってはならんって常々思っている。
その情報源がどれだけ信頼のおけるものかもわからないんやし。
例えそれが教科書に載ってようともね。 
じゃあそれを言い出したら一体何を信じれば良いのか?ってことになる。
だから人は確実なものを求めたくなる。


そこで作者は絶対的な真理を持つ神の存在を説く「宗教」が出現してきたように言ってるんやね。
「なるほどなあ」って納得した。
人間が不確かに感じている「現実」のことを全て把握しきっている存在を作りあげてしまえば、後はそれに全てを委ねてしまえばいいわけで、ある意味メッチャ楽に生きていけるわけだ。
「宗教」っていうものは自分で考えるということを怠惰にしてしまうっていう危険性があるってことは以前この日記にも書いたけどね。

で、「宗教」の対義語である「科学」やけども、これまた全面的に受け入れてしまうことは危険だ。
なぜなら科学はまだまだ進歩しているし、どの段階で科学的事実と受け止めれば良いのか?っていう問題がある。
そこで作者は「科学的推論」を絶対的な「科学的事実」のようにしてしまって「わかっている」ような気になっては危険だと言っておるんよね。
特に今後環境問題なんかで行政が絡むようなことも多くなるやろうからってことでね。
いくら合致するデータがいっぱいあったところで厳しい反証に晒されて残ったものでないと科学的理論になり得ないのだ、と。 
こんなこと言われるとこれから何を書くにしても今以上に慎重になってしまいそうやね(笑)。 
オレは「この世に100%のことなんてあり得ない」と思って生きて来たけども、やっぱり普通に考えたらそうやわなあ。
だから確実なものを求めるにあたって、疑ってかかったり検証してみることの大事さっていうのはよくわかるねえ。
そうでないと本当に他の人達の言うことに耳を貸さなくなってしまうかもしれない。
となると人間的成長もあまり望めないからなあ。
そう考えると「常識」の捉え方も難しいよねえ。


だからオレとしては結局常々言ってるように「好奇心」「バランス」ってもんが成長のキーワードやなあって思うねんなあ。
つまり「バカの壁」をブチ壊せるキーワードにもなるんじゃないかなって思うんよね。


*************************


なんてことを書いてたんやけど、本当に養老さんの考え方から気付かされることは多い。
いつもいかに自分が薄っぺらいかっていうのを思い知らされることになる(笑)。



 
     oasis『D'You Know What I Mean?』を聴きながら…。
スポンサーサイト





  1. 2006/01/21(土) 19:06:26|
  2. 本・マンガ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

浦沢直樹の手塚マンガリメイクっぷりに驚き | ホーム | え?この映画ごっつ面白いやん!!

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://jinnn.blog6.fc2.com/tb.php/227-99336303

| ホーム |