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JIN道的処置 ~心と心の化学変化を信じて~

自分が感じるありのままに、本当に人に伝えたいことや届けたいこと、新たな表現方法など、特に自分の内面を重視して綴ったブログ。そして、心を豊かにしてくれるような音楽や映画、本などもたくさん紹介します!

リング上で散ったプロレスラー・三沢光晴の訃報に大ショック!!

Pro-wrestling Noah 三沢光晴

ココ一週間は心臓病だったネッ友さんが突然亡くなってしまったことで、生と死についていろいろ考えてたりしましたが、オレにとってまたとんでもなくショックなニュースが耳に飛び込んで来ました…。

いつものように夜中に仕事をしてる時のことでしたが、ベースのKさんがとっても驚いた様子で、

「これ知ってた?!」

と、携帯のネットのニュースを見せてくれて愕然!!

プロレスラー・三沢光晴が試合中心配停止により死亡とあって、

「え~~~っ?!!!!!」

と、にわかには信じられませんでした!!

絶句とはまさにこのことです。

どうやらGHCタッグ選手権試合斎藤彰俊のバックドロップをくらって全く動かなくなり、心臓マッサージなどを施してみても心配停止したまま戻らず、病院の集中治療室に入っても結局帰らぬ人になってしまいました…。





オレは実は子供の時から大のプロレスファンであり、格闘技ファンであります。

ハッキリ言ってめちゃくちゃ詳しいです。

でもあまり熱く語ったところでみんなマニアックすぎてわからんやろうなあと思って、最近はあえて書かないでおりました。

女性の中にはこうゆう痛いの苦手な人も多いですしね。

でも今日はさすがに書かずにはおれません。

三沢光晴という人がいかに偉大なレスラーであったか。

彼が一般に紹介される時は必ずと言っていいほど二代目・タイガーマスクとして語られますが、本当に脚光を浴びることになるのはマスクを脱いで、ジャンボ鶴田亡き後の全日本プロレス・四天王時代(三沢光晴・川田利明・小橋建太・田上明)到来から。

ちょうどライバル団体だった新日本プロレスでは闘魂三銃士と呼ばれる武藤敬司、橋本真也、蝶野正洋の3人が人気を確立していたのと時を同じくしてのこと。

ジャイアント馬場が亡くなると、三沢は全日本プロレスの社長に就任。

それだけリーダー的資質があり、人望が厚かったっていうことですよね。

彼のことを悪く言う人をほとんど聞いたことがありません。

それがまあゴタゴタがあって、三沢は全日本プロレスをやめると所属の大量の選手を引き連れてプロレスリング・ノアという新団体を旗揚げしました。

そこで社長業をしながらトップの選手として今まで走り続けてきてたんですけど、全身がもうボロボロやったことは誰もが知っていたことでした。

最近ではめっきりプロレス人気も下火になってしまい、地上波放送の打ち切りとかもあって、社長の身としてはもう毎日心労が絶えない状況であったことは容易に察しがつきます。

それでなくとも三沢らの試合はとんでもなくハードなものばかりです。

なんぼ三沢が受身の達人やったとしても、それはもう危険な技の数々のオンパレード!

プロレスは相手の技を受けてなんぼの世界ですから、かわしてばかりいたら試合にならないですし、お客さんも満足しませんからね。

全国を回りながらだましだましやっていたとしても体を痛めないわけがありません。

この日の入場シーンをYouTubeで拝見しましたが、どうも調子の良くない感じは漂ってるように見えました。

実際、試合も最初から動きに精彩を欠いていたようですしね。

バックドロップを喰らってるところの映像は見てないですけど、斎藤彰俊のバックドロップならおそらくまた危険な角度で落としてたんやろうってことは想像つきます。

だとしても、プロレスラーの中でも受身が超一流の三沢がそんな大きなヘマをやらかすとはどうしても思えないんですよね。

だからおそらく最初からどこかおかしかったんやないかっていう気がしてしゃーないです。


プロレスラーっていうのは昔から人並み外れた怪物めいたところがあって、数々の逸話や伝説を残してるものです。

なのに短命な人がかなり多いのは、やはりそれだけ過酷で命がけの仕事やってことでしょう。

三沢のように本当にリングの上で散ってしまった人というのはプラム麻里子とか福田雅一とかいるにはいますけど、選手権試合のような大舞台でしかも超一流のプロレスラーがってことになると、今回のプロレスファンのショックっていうのは一般の人達からは考えられないぐらいの計り知れないものだったりするんですよね。

ジャイアント馬場ジャンボ鶴田橋本真也ブルーザー・ブロディといった名レスラー達の訃報を最初に聞いた時もものすごい衝撃でしたけど、今回の三沢光晴の場合は試合中っていうことが何よりもショッキングなことでした。

考えてみれば社長が試合で死んでしまう会社なんてすごく特殊な業界です。

オレが好きなレスラーは天龍源一郎とか、三沢の直接の後輩にあたる川田利明とかいった選手なんですけど、三沢光晴というプロレスラーもけっこう好きでしたし、彼の試合には随分楽しませてもらいました。

とりわけ川田との名勝負の数々は今でも頭に焼き付いています。

エメラルドフロウジョンも強烈な技ですが、オレとしてはやっぱりタイガードライバー'91を見た時の衝撃は今でも忘れられません。

首の骨が折れるんちゃうか?っていうぐらいの危険度MAXなあんな技は小橋建太バーニングハンマーぐらいのもんです。

本当に問答無用にプロレスの凄さと面白さっていうものを見せてけてくれてました。

三沢は生前何かのインタビューの中で

「不謹慎だけどプロレスラーって簡単に人を殺せるなと思った」

っていうことをあまりにも激しい攻防の試合が終わった後に語ってたことがありました。

それぐらい毎回命を削るような危険な技をかけあってるっていうことです。

そんな風に語っていた三沢が本当に死んでしまうなんてものすごい皮肉やなあって今回感じてしまいましたね。

かけた側の斎藤もこれからバックドロップをするのが怖くなってしまうかもしれません。

現在、衆議院議員の馳浩もかつて後藤達俊との試合でバックドロップを受け損ない、一時心肺停止をして臨死体験まで経験してますが、幸い一命を取り留めました。

今回また一つプロレス界の宝が消えてしまって胸にポッカリと穴が開いてしまったようです…。







プロレスは『人生の縮図』です。

勝負論だけでは語れない、とても深みのあるジャンルです。

本当にあまりにも特異な世界で、観る者がリングの上に様々なことを投影してそれがまたたまらなく魅力的やったりするんですが、最近ではすっかり格闘技人気に押されてしまって低迷しています。

その格闘技の方もかつてほどの勢いが無くなってきています。

やっぱり観てる人達の心をつかむようなスター選手の存在って必要不可欠なんですよね。

三沢はもうピークは過ぎてましたが、若手選手の超えなきゃならない壁としてもまだまだいてもらわなくてはならない存在でした。

あの豪快なエルボーももう見られないのかと思うとすごく寂しいです。

享年46歳

早すぎますよね…。

三沢光晴もまたこうしてプロレス史に残る伝説の人となりました。

腎臓ガンを克服した小橋建太の試合を今のうちに観ておかないとなんて言ってたら、まさか三沢の方が先に逝ってしまうとは、人生って本当に何が起こるかわかりませんね。

今日生きていても明日も無事に生きてるかどうかなんて本当のところはわからないもんなんですよね…。

何の覚悟をすることもなく、こんな風に突然永遠の別れがやってくるかもしれない。。。


オレも会場からすっかり足が遠のいているような状況ですが、三沢の追悼試合で素晴らしいカードが実現でもするなら、是非とも久しぶりに生観戦したいものです。

急に社長がいなくなってしまったノアの選手達にとって、これからが正念場やと思いますが、みなさん不況に負けないように素晴らしい試合をしてこの危機を乗り越えてほしいと思います。



次の日曜日は実家の立ち退きにともない、京都に帰って置いてあるオレの荷物も大整理してこないといけません。

プロレスを録画したビデオテープも膨大にありますし、当然三沢光晴の名勝負もたくさん保存してありますが、なんか捨てづらくなりましたねえ…。



今までたくさんの感動をありがとう!

そして本当にお疲れ様でした。

ご冥福をお祈りいたします…。






プロレスリング ノア テーマ曲集7

今日は三沢光晴の入場テーマ曲だった『スパルタンX (2009 Version)』をどうぞ♪





     三沢光晴の入場テーマ曲『スパルタンX (2009 Version)』を聴きながら…。

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  1. 2009/06/14(日) 22:06:57|
  2. プロレス・格闘技|
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