JIN道的処置 ~心と心の化学変化を信じて~

自分が感じるありのままに、本当に人に伝えたいことや届けたいこと、新たな表現方法など、特に自分の内面を重視して綴ったブログ。そして、心を豊かにしてくれるような音楽や映画、本などもたくさん紹介します!

「孤独」のリハビリ

人が過ちを起こすのは、往々にして「寂しい」という気持ちが根っこにあったりする。

要するに愛情に飢えている、もしくは愛情とは何かわからない状態。

孤独感っていうのはたとえ人との関係性が途絶えていなかったとしても感じるものだ。

むしろたくさん人がいる中でより強調される感覚でもある。

自分は寂しいから誰かと会いたい、話したいという欲求は少ない方だと思う。

一人の方が楽だという気持ちの方がはるかに強い。

勿論、どうしようもなく寂しさを感じることはあるし、人肌の温もりを感じたいと思うことだってある。

誰かと関わることは何よりも刺激になるし、何かを気付かされることは多い。

だが、パワーをもらえることも多いが、逆に奪われることも多い。

仕事においては特にそうだ。

利害関係が入ると人間関係はややこしい。

いろんな人達の思惑が交錯し、ストレスに曝されることになる。

余計なものまで見え過ぎると、受ける痛みもダメージが大きくなる。

「汚れ」とも闘わねばならないし、様々な葛藤も湧き上がる。

ならば、自分でバランスをとるしかない。

所詮、価値観はみんな違うのだ。

立ち位置が違えば何が正しいかなんてみんな変わるのも当然。

何を優先させるのかだってみんな違う。

自分にも譲れるところと譲れないところがあるし、その辺はもう駆け引きだ。

それの折り合いがつかなくなればその時は去るまでである。

需要と供給、世の中、求めるものと求められるものとのバランスで成り立っている。

そんな中、自分はどうして自ら「孤独」へ追い込むような生き方を選んできたのか。

と言っても、ここで言う「孤独」っていうのは真の孤独という意味ではない。

幸いまだ家族も生きているし、長い間交友関係が無くとも人との繋がりだって完全に断ち切っているわけではない。

仕事における人間関係もそうは悪くない。

不器用ながらも、人としてそれなりに信頼は得ているかとも思う。

現在の自分は、簡単に言えば「開くために閉じている」という感じか。

閉じっぱなしで終わるわけにはいかないという気持ちがあるから焦りも出てくるのだろう。

だからまだ死ぬわけにはいかないとも思えるのだろう。

自分には背負っているものがあるのだ。

託されたものをそう簡単に置いていくわけにはいかない。

常に自分自身との戦いでもあるし、どうゆう形がゴールで、自分が納得する形なのかもわからない。

それはその時その時でどう感じるかってことになるが、とりあえずは目の前にあるテーマを心の赴くままに探求していくことだ。

人と関わる時間も必要だが、何かを生み出すためには自分と向き合う時間っていうのはもっと必要だ。

それ故の「孤独」のリハビリみたいなのは、まさに「書く」ということだと思っている。

自分の頭の中にあるものを確認、実感する上で欠かせない。

自分の中から「言葉」が出なくなってから久しいが、この「孤独」な状態の時こそが一番「書く」のに最適の状態である。

ともすれば狂いそうなぐらい、叫び出したくなるぐらいの自分を、いかにしてコントロールするかが、この「書く」ということに繋がるのだ。

良いのか悪いのかわからないが、今はそんな感じのまっただ中だ。


そんなこともあって、ここで自分に一つの試練を課してみることにした。

「継続は力なり」

一つまた「書く」ということで、実験がてら自分への試みをやってみることにする。


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♪KOKIA/『孤独な生きもの』
 
 



     KOKIA『孤独な生きもの』を聴きながら…。

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  1. 2014/07/07(月) 09:59:31|
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